
前回の記事では、虫垂炎が再発し新たに検査の日程を組むことになったところまでを、お話しました。
タイトルを見て察した人も多いかと思いますが、検査の結果、残念ながら癌でした。
そして前回の記事を書いてから、検査入院、手術、抗がん剤治療と、私の生活は一変しました。
今回の記事では、検査入院から現在に至るまでをざっとまとめています。
興味のあるかたはよかったら読んでみてください。
検査入院
炎症がひどくなり1度目の検査ができなくなって、2度目の検査の日程を組んだのですが、またしても炎症値が上がってしまいました。
これまでの炎症値を大きく上回る「16」という値が出たことで、医師から入院を勧められ、私もしぶしぶそれを承諾しました。
「入院なんて手術のとき以外したくない!!!」と、以前入院を勧められた際には頑なに拒んだ私でしたが「16」なんて数値を見てしまうとさすがに怖くなり、入院することに。(炎症値が10を超えると破裂や穴があく危険性がある)
入院して抗生剤の点滴を1日3回やり、さらに絶食。それを3日ほど続けて炎症値はだいぶ下がりましたが、大腸内視鏡検査の予約日までに、正常値まで下げることはできませんでした。
それでもそれなりに下がったからなのか、検査は決行されたのです。
私は入院しての検査だったので、病室にポータブルトイレを置いてもらい、ほぼほぼそこに座りっぱなしでした。おかげで漏らす心配はなかったです。
下剤を飲み便を出し切り、検査できる状態になったと看護師さんからOKをもらったあと、1時間ほど待ったでしょうか。
病室で待っていると迎えの人が来て、ベッドに寝かされた状態で内視鏡室へと運ばれました。
検査台の上に横になると「〇〇さんの性格を考えると最初から睡眠薬いれたほうがいいと思うんだけど…」と、医師が言ってきました。
大腸内視鏡検査では肛門からカメラを入れる際、人によっては強い痛みを感じる場合があります。
そのため睡眠薬を点滴して、眠っている間に検査をすませる人も多いのです。
ですが眠ってしまうとカメラの画像を見ることができません。
自分の大腸の中で何がおきているのかとても気になっていた私は、カメラの画像を見たかったので、最初から睡眠薬は使わず、痛みを感じたら睡眠薬を入れてもらうよう事前に伝えていました。
ですから私は「最初から使った方が…」という医師の言葉に反して「カメラの画像を見たいので、痛くなってから睡眠薬を入れてほしいです!」と伝えたのです。
「わかった。じゃあそうするね」と医師は承諾してくれて、いよいよ検査が始まりました。
滑りをよくするためのジェルを肛門にぬられ、ズボっと内視鏡が挿入されます。(内視鏡とは細いチューブの先にカメラが付いたものです)
その瞬間私は「いったい!!!」と大声を上げ、それを聞いた医師は「じゃあもう睡眠薬使う?」と聞いてきたので「はい、そうします」と、私は早々に画像を見るのを諦めました。
その後すぐに睡眠薬の点滴が入ったのですが、点滴が入ってもすぐには眠くならず、意識がある状態で、肛門から大腸へと内視鏡は進んでいきます。
内視鏡が大腸内を進んでいく過程の痛みは非常に強く、また少し吐き気も感じて、とても辛かったです。
あまりにも痛くて「もう無理もう無理」と、私は大声で叫び続けていました。
「もう無理」と叫び続けても検査は止まることなく、「痛いよね。もう少し頑張って」と言われながら、私はしばらく痛みに耐え続けました。
そして医師が「薬追加して」と看護師に告げたのを聞いたあと、どうやら眠りにおちたようで、目覚めた時には検査が終わっていたのです。
余談ですが、同じ病室に大腸内視鏡検査をうけたことのある70代の女性がいて、その人は開始後すぐに寝てしまい、肛門に内視鏡を入れられたことすら覚えていないと言っていました。
おそらく睡眠薬の効き方にも差があるのでしょうね。私は追加してようやく眠れたので、最初の数分間は激痛に耐えるしかなく、非常に辛かったです。
ただ私があそこまで痛かったのは、炎症がまだ完全に治まっていない状態でやったからだと思います。
炎症している人や過去にお腹の手術をしたことがある人は、強い痛みを感じることが多いとのことです。
癌の告知と一時退院
大腸内視鏡検査を終えた3日後、手術の方針が決まったから説明すると主治医から言われ、母と一緒に話を聞きました。
「検査の結果と手術の方針が決まったので説明しますね」と話し始めた主治医の表情はかたく、これはもう悪い結果に違いないと察しつつも、そうではないことを願っていたのですが……。
残念ながら結果は癌でした。
モニターに映し出された私の盲腸には腫瘍ができていて、その腫瘍は悪性だったのです。
腫瘍が悪性だと聞いた瞬間涙があふれ、話を聞いている間も、涙が止まることはありませんでした。
癌を告知され取り乱していたので、医師の話を全部は覚えていないのですが、下記のような話をされたことは、ぼんやりと覚えています。
- 大腸カメラを入れた際に盲腸に悪性の腫瘍が見つかったこと(手術後の詳しい検査で腫瘍ができていたのは虫垂だと判明。虫垂にできた腫瘍が盲腸に顔をのぞかせていた)
- 腫瘍の大きさは2㎝ほど
- 明確なステージは病理検査をしないとわからないが、ステージはⅡかⅢ
- 回盲部切除という手術を全身麻酔で行う
- 今のところ遠隔転移はない(遠隔転移とは肝臓や肺など他の臓器へ転移すること)
- 2週間以内には手術をしたいと思っている
話を終え病室に戻ったあとも、私は1人泣き続けていました。
そこへたまたま看護師さんが薬を届けに来て、泣いている私に「どうしたの?」と優しく話しかけてくれました。
癌の告知をされショックで涙が止まらないことを伝えると、看護師さんはしばし話し相手になり励ましてくれて、それがとてもありがたかったです。
おかげで少し気持ちが紛れて、なんとか夕食が食べられました。
次の日の朝、同室のおばあさんにも「大丈夫、今は医学が進歩してるんだから!うちの旦那も癌になったけど、ちゃんと長生きしたわよ!」と励まされて、私は泣きながら何度もうなづきました。
その後周りの人の支えもあり、胃カメラや肺機能検査、心電図やMRIなど、残りの検査も滞りなくこなしていきました。
そして検査が全て終わると主治医が病室に来てこう言ったのです。「手術の日程が思っていたよりも立て込んでいるから、最短で11/25になる」と。
「えっ、けっこう間があきますよね。その間ずっと入院してなきゃいけないんですか?」と戸惑う私に、主治医は一時退院を提案してきたのです。
私はうつ病や不安障害なども抱えており、入院当初から精神疾患の症状が出てしまいかなり辛かったので、いつも通っている精神科に行かせてほしいと頼みました。
ですが入院中は他院を受診できないルールがあるからと、行かせてもらえなかったのです。
ですが一時退院すれば精神科も受診できるし家でやっておきたいこともあったため、私はすぐにこの提案を受け入れ、2週間ほど一時退院することに。
退院した翌日、早速メンタルクリニックへ行き事情を話し、今までよりも強めの精神安定剤を処方してもらいました。
手術前日と手術当日
一時退院をし、手術日の2日前に再入院。
手術の前日から絶食で、下剤を飲みました。大腸の手術なので、できるだけ便を出しておく必要があるのです。
それから下の毛の一部ををバリカンで剃られ、綿棒とオリーブオイルでおへその掃除もしました。
「おへそすごく綺麗だね。掃除の必要ないくらい」と看護師さんが褒めてくれたのが、ちょっと嬉しかったです。
そして手術当日。
6時少し前に起きて、給湯器のある部屋まで歩き、お湯で精神安定剤を飲みました。
6時半まではお湯やお水は飲めますが、それ以降は飲んではいけない決まりです。(私の手術開始時間は10時です)
精神安定剤を飲んだあとは、シャワーを浴びました。
手術後しばらくはシャワーを浴びることすらできないため、いつもより少し念入りに洗いました。(ドレーンが抜けるまでシャワーは浴びれません)
シャワーを浴びたあとは歯磨きをし、病室を移動するための片づけや荷造りをしつつ、その時を待ちます。(手術後2~3日は院内ICUに入るので)
時間が来ると看護師さんが迎えに来て、母と私と看護師さんの3人で、手術室まで歩きました。
「お母さんはこの先は入れませんので」と看護師さんに言われ、手術室の手前の廊下で母と別れた途端に不安が高まり、すでにこの時点で泣きそうでした。
手術室に入るとさらに不安や緊張が高まりましたが「麻酔が効いてしまえば寝れるからそれまでの辛抱だ!」と自分に言い聞かせ、なんとか正気を保ちます。
ですがここで誤算だったのは、麻酔が非常に痛かったことです。
腕からルートをとりそこから点滴で麻酔を入れたのですが、麻酔が入ってきた途端、尋常ではない痛みに襲われました。まるで針でブスブス腕を刺されているかのような痛みを感じたのです。
麻酔の液体は刺激が強く痛みを感じやすいと、のちに主治医から聞かされました。
私は血管が細くて弱いため、栄養剤等の点滴でも血管痛をおこすことがあります。そんな私にとって麻酔の点滴は、あまりにも刺激が強すぎたのでしょう。
麻酔の点滴による痛みで「痛い痛い」と大声で連呼する私に「もう少しで落ちるから頑張って!」と、激を飛ばす主治医。
それを聞いてからほどなくして眠りに落ちたようで、目覚めた時には手術は終わっていました。
手術時間は6時間ほどだったと母親から聞きましたが、私にとっては一瞬の出来事でした。
麻酔のせいで腕が痛くて叫んでいたあの時から、一瞬で手術後にワープしたような感覚です。
手術は成功し、虫垂や盲腸や周辺のリンパ節とともに、癌も取り除いたとのこと。
何度も炎症をおこしたせいで虫垂はボコボコだったと主治医は言っていて……。
それを聞いて私の中に、虫垂に対する感謝の気持ちがこみ上げました。
一時退院していた時、痛みが少しぶり返したけれど、抗菌薬を飲み虫垂のあたりを押さえて「お願いだからもう少しだけ頑張って!」と願ったら、次の日には痛みが引いていたことを思いだしたのです。
何度も炎症してボコボコになっていたのに、それでも破裂することなく手術の日まで頑張ってくれて、耐えてくれてありがとう。私の虫垂さん。
手術後の病理検査で癌ができていたのは盲腸ではなく虫垂であることが判明したので、もし虫垂が破裂していたら、癌細胞をお腹の中にまき散らすことになったことでしょう。
そうならなかったのは、破裂や穴があかないよう、虫垂が頑張ってくれたからです。
虫垂さん、本当にありがとう。
私は2024年3月にも虫垂炎になり、この病院でエコーとCTの検査を受けています。
その時のCT画像にもすでにグレーの影はうつっていたのですが、その日の外来担当医は、その影を見落としました。
「虫垂の腫れもほとんど引いているし、投薬も手術も必要ありませんので、このままお帰りいただいてけっこうです」と、2024年3月には言われたのです。
本当は投薬も手術も必要あったんですけどね。ヤブ医者にあたったせいで、癌が進行してしまいました。
もしあのとき見つけてくれていたら「ステージⅢc」なんてことにはならなかったでしょう。
それを思うとやるせない気持ちでいっぱいになりますが、虫垂が破裂し癌細胞をまき散らさなかったことは、不幸中の幸いだったと自分に言い聞かせています。
手術後の経過
手術をした日の夜は、お腹の痛みで全く眠れませんでした。(痛み止めの点滴は入れましたがそれでもかなり痛んだ)
加えて左目が少し腫れてしまい、眼球を動かすと痛くて涙が出て、それも何気に辛かったです。
左目の腫れと痛みは次の日にはほとんどおさまっていたので、その点はホっとしましたが。
それと左目のこと以外に、もう一つ気になる出来事が。
痛みで眠れなかった私は、睡眠薬の点滴を入れてほしいと頼んだのですが、その点滴を入れてしばらく経つと、胸のあたりが急に痛み出したのです。
特に鎖骨の痛みがひどくて、痛みに耐えられず、すぐにナースコールを押して点滴を止めてもらいました。
点滴を止めるとじきに痛みがおさまったので、おそらく点滴が原因で痛みが出たのだと思いますが、睡眠薬の点滴であのような症状が出たことに、非常に驚きました。
大腸カメラと胃カメラの時にも睡眠薬の点滴は使いましたが、痛みが出ることはなかったので。
こうして睡眠薬が使えず一睡もできないまま、朝を迎えたのでした。
医師による朝の回診を終えると看護師さんが来て、血栓防止のために付けていた足のポンプや、排尿用の管などを外してくれました。
そのあと体を起こしてお水を少し飲んでみて、きちんと飲み込めるか、むせないかなどをチェックしてもらい、その時は特に問題はなかったのですが、このあととんでもない事態が起きることに……。
お昼近くになると、ヘルパーさんが白湯やお茶を配りに来てくれます。
私は白湯をコップに入れてもらい、それを一口飲みました。
すると一口飲んだ直後から強い吐き気に襲われ、それからほどなくして便を漏らしてしまったのです。
普通なら便意を感じてトイレへ行くわけですが、あの時は便意を感じる間もなく、あっという間に便が出ていたという感じでした。
漏らしたことを看護師さんに伝えると迅速に対処してくれましたが、いい年してウ〇チを漏らしてしまい、なさけなさと申し訳なさで、もう消えてしまいたかったです。
ただそのとき私は使い捨てパンツを履いていたため、便のついたパンツを容易に脱がしてもらえたのは、不幸中の幸いでした。
ほとんどの使い捨てパンツは、赤線を引いた両端の部分がさけるようになっています。

赤線部分をさくことで、足を抜かなくてもパンツが脱げるのです。
便のついたパンツから足を抜こうとすると、その際に便が足についてしまう恐れがありますが、両端をさいて脱げるこのパンツは、漏らしてしまった時には非常に便利です。
このての使い捨てパンツは尿漏れ用の物が多いですが、それでも普通のパンツよりは吸収力がありますから、下痢の時にも重宝しますよ。(抗がん剤の副作用で下痢がひどいため実際に私は今でも重宝しています)
そしてこの「ウ〇チお漏らし事件」が勃発してからは、下痢との戦いでした。
手術後5日間くらいは特にひどくて、トイレから戻って15分後にまたトイレへ行くなんてことも、珍しくなかったです。
絶食しているのによくもこんなに出るなと驚くほどに、ドロドロとした黒いものや、黒いカスのようなものが、日に何度も出ました。
手術後5日間くらいは、下痢と手術部位の痛みでとても辛かったです。
手術した部分が痛くて、点滴棒を杖代わりにし、なんとかトイレへ行っていました。
手術から1週間くらい経つとトイレへ行く回数が幾分減り、手術した箇所の痛みも軽くなってきました。(とはいえ動くとまだまだ痛い)
ドレーン(体内に溜まった膿や体液やリンパ液などを排出する管や器具のこと)が抜けると、シャワーを浴びれるようにもなりました。
術後最初のシャワーのとき、傷口が沁みるんじゃないかと心配していたのですが、思っていたほど沁みなかったです。
傷口は泡で撫でるように優しく洗うよう言われていて「泡なんて絶対に沁みるだろ!」とビビリまくっていたのですが、大丈夫でした。
こうしてシャワーも浴びれるようになった私は、手術から11日目に、めでたく退院となったのです。
退院後
退院から10日ほど経ったころ外来受診があり、病理検査の結果を聞きました。(病理検査の結果で明確なステージがわかる)
手術の際に採取したリンパ節の20個中11個が悪性だったそうで、深さもT3とそこそこいっていて「ステージはⅢc」でした。
遠隔転移がなかったことは救いですが、採取したリンパ節に11個も悪性腫瘍が見つかり、予断を許さない状況です。
癌がどこにも飛んでいなければいいのですが……。
現状ではCTやMRIの検査で腫瘍らしきものはうつっていませんが、小さな腫瘍を画像診断で見つけるのは困難です。
そのため画像にはうつっていなくとも、小さな癌がすでに転移している可能性があります。何しろリンパ節に11個も悪性腫瘍が見つかっていますから。
画像にうつっていないような小さな癌を死滅させるため、抗がん剤による治療が必要となります。
虫垂は厳密にいうと大腸ではないのですが、虫垂癌に罹患する人はとても少なく、そのため虫垂癌に特化した標準治療は確立されていません。
ゆえに虫垂癌の治療は多くの場合、大腸癌のガイドラインに沿って進められます。
大腸癌でステージⅢの場合、オキサリプラチン(点滴)とゼローダ(内服薬)を組み合わせた「Xerox療法」を行うのが一般的です。
ゼローダをカペシタビンと呼ぶこともありますが、ゼローダは商品名で、カペシタビンは有効成分の一般名であり、両者は同じ薬を指します。
このXerox療法に使われるオキサリプラチンがかなり厄介で、副作用がキツイとされる抗がん剤の一つです。
癌の告知を受けてから、私はSNSで大腸癌の人の書き込みを多く見てきたので、Xerox療法のキツサは、それなりに察しがついていました。
そのためやるかどうか即決はできませんでした。
ただ化学療法室(抗がん剤の点滴を受ける部屋)は、予約しておかないと使えません。
ですから「予約は入れておくけどもしどうしても無理だったら当日キャンセルしてもいいから」と言ってもらい、家に帰ってからも数日間は悩みまくりでした。
悩みまくった結果、抗がん剤治療をすることに決めて、現在は1クール目の休薬期間中です。
休薬期間になり抗がん剤の副作用がだいぶ楽になったので、こうしてブログを書いています。
抗がん剤治療は辛いけど…
抗がん剤による治療をしぶっていた私が、やることに決めた理由の一つは、この本を読んだことです。
この本の筆者である倉田真由美さんの夫がすい臓がんになり、抗がん剤で癌を小さくしてからでないと、手術はできないと言われます。
ですが夫は抗がん剤は絶対に嫌だと拒み続け、ステントを入れたり腹水を抜いたりなど、最低限の治療しかしませんでした。
この方は抗がん剤をやらなかったことで、抗がん剤の副作用による苦しみは経験せずにすみました。
ですが抗がん剤を使わなかったことで、あまり苦しまずに逝けたのかといえば、そうでもないように私には思えたのです。
抗がん剤をしなきゃしないで、癌が進行してそれなりの苦しみはあるのだなと、私は感じました。
だったらまずは抗がん剤をやってみて、辛かったら減薬。減薬しても辛かったらやめればいい。これが私の出した結論です。
ただ抗がん剤をやれば必ず癌が消えるわけではなく、苦しい副作用に耐えて8クール完走したとしても、再発や転移することはあります。(私の場合は8クールですが人によって期間はまちまちです)
ですから抗がん剤に過度な期待はせず、QOLがそこそこ保てる程度に調整しながらやっていくのがいいと、個人的には思っています。
参考までに、私が受けるXerox療法は、3週間がワンセットになっています。
初日にオキサリプラチンの点滴を病院でうけて、その日から2週間、ゼローダを1日2回服薬します。(点滴をした日はゼローダは夜だけ服薬)
2週間服薬を続けたら、1週間お休み。(休薬期間)
このように2週間(服薬)+1週間(休薬)がワンセットで、これを8クール行う予定です。
ですがオキサリプラチンの点滴は、1クール目から副作用がキツくて、早々にギブアップしそうな予感です。
2クール目のオキサリプラチンの点滴は、80%に減薬して行うので、1クール目よりも副作用が軽くすむことを切に願っています!!!
副作用の詳細については、別の記事にまとめる予定です。
抗がん剤の副作用に加えてうつ病や不安障害の症状もあり、こうして記事を書くのも容易ではないため、いつになるかわかりませんが、気長にお待ちいただけると幸いです。
それでは今日はこへんで。コノハでした。