前の記事からだいぶ時間が経ってしまいました。(^_^;)
さて今回は、修儀を終えた後に修した十八道立ての「弁才天供」の感想を述べたいと思います。
修儀をする前と後では、やはり感覚が明らかに違いました。
繋がりがより深まった。
そう感じるべきでしょうか?
修していると空気が澄み渡り、まるで清らかな水辺に佇んでいるような心地になります。
(あくまで個人的な感想ですが。)
始めたときはそこまで感じなかったのですが、修儀の終わった後は結構はっきりと感じます。

お不動様や五大明王の修法とは、
まるで正反対に感じます。
明王の法は修すれば体が熱を帯び、魔を払う強い力を強く感じます。
この感覚の違いが、また面白い所です。😆

十一面様の百座の護摩を修したときにも思いましたが、やはり百座を超えるような「密度の高い行」を積み重ねることは大切だと改めて感じます。
本尊様の行は最低千座以上とよくいわれますが、
本当にその通りなのでしょう。
不動供は数えきれないほど修したので数をとっておりませんが、千座を超えた先にはまた違った景色が見えてくるのでしょうね。
(いや、もう超えてるかな?)
少し話が逸れますが、四柱推命では
「お金」や「人気運」は
“水”の要素に関係するといいます。
弁天様のご利益は財運、芸術などの才能などが筆頭にあげられますが、修していると水の気を強く感じるのも、それに通じるのでしょうか?(?_?)
ちなみに、今回の修法ではご助力くださった方々にお配りする木札も一緒に拝ませていただきました。

皆様へのご報恩の木札は発送させていただきましたが、
「蛇イチゴや御供物を送ったのに届いていないが⋯」という方がいらっしゃいましたら、
お手数ですがご一報くださいませ。
照合のうえ、改めてお送りさせていただきたく存じます。
この度のご助成誠にありがとうございました。
まとまりのない文章になってしまいましたが、
お読みいただきありがとうございました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
合掌🙏