数年前、四度加行のうち十八道を習ったばかりの頃のお話。
十八道というは、体や道場を清浄にし、仏様を壇にお呼びして供養し、最後に仏様の世界に帰って頂く作法の事です。

奥の院に行くにあたり、「十八道をせよ」と師匠のお達しがございました。
中央の壇では師匠が飯縄様を拝み、その横では藤川先生が聖天様を拝まれておりました。

修法の中に啓白、つまり願意を仏様にお伝えするところがあるのですが、基本的に声を張り上げます。
私は少し神経質なところがあるうえ、作法もまだ完全には身についておらず、正直なところ大変恥ずかしいのですが、師匠方の力強い声に心が揺らぎそうになりました。(^_^;)
ところが十八道の作法にある結界を張った途端、いきなり心が動じなくなった。
師匠方の声は聞こえるのですが、気持ちが全くブレない。これは初めての感覚でした。😳
その時、飯縄山という霊山は特別なフィールドなんだなと思いました。

そういえば、今年の5月には三井寺で大峰山の修行にがありました。
この時のコースは登り下りが激しい山道を一日で 17 時間登るという過酷な行程で、しかも遅れると脱落させられてしまいます。
その時お寺の業務が忙しく、運動不足もあって到底やり切れる自信はありませんでした。
そんな気持ちで登った大峰だったので、ただひたすら「お助けください」という気持ちで、不動真言を唱え続けていました。

すると体がどんどん軽くなり、むしろ楽に登れるようになったのです。
そして無事に萬行することができました。
そのお不動様の力が大峰山に満ちているからこそ、想像以上のお助けをいただけたのだと思います。
おそらく普通の山だったら、あんな風には歩めなかったでしょう。

やはり、霊山というのは長年人々の信仰が積み重なることによって強力な神仏のフィールドが形成されているのだなぁと強く感じました。