十一面さんの護摩を始めて内面が少し変わった気がいたしますので、共有してみたいと思います。
自分で言うのもですが、行というものに対してシビアに考えるようになった気がいたします。
じゃあ今まで舐めてやっていたのか?
というとそういう訳ではありませんが、
振り返ると「まだまだ考えが甘かったな」と思う箇所が多々ございました。
例えば、行中はお酒を飲めないのですが、今までは「飲みたいなぁ」という欲求に駆られることがありました。(勿論、飲みませんが)
しかし、十一面護摩を進めていくと、お酒自体に興味が無くなっていきました。
今までの僕でしたら、痛い目をみてやっと“訳が分かる”アホな人間やったのですが、痛い目をみる前に「これはアカンなぁ、仏さんが許さへんわ」と自動的にストップがかかる感じです。
まだ行の途中ですので偉そうなことは言えないし、言ったら後々が恐いのですが、僕は今こういう感覚を抱いております。
師匠は「十一面さんは妥協を許さない仏」と仰っていましたが、少し分かった気がいたしました。
本尊と行者が一体になるといいますが、おそらくそれは壇の上だけではなく、普段の性格もそうなっていくのでしょう。
性格や思考が本尊に寄っていくのでしょうね。
これはバリバリ主観ですが、お不動さんが
“強面やけどガッハッハと笑う豪快で優しいおっちゃん”
だとしたら、十一面さんは
“自分に対しても他人に対してもストイックさを求める厳しい方”
な気がいたします。
