昨日の記事を書いている最中、師匠が以前このような記事を書かれていたことを思い出しました。
内容はすっかり覚えていなかったのですが、再びこの記事を読んで「同じやん!」っとビックリしました。
しかし、「やっぱりそうやでなぁ」という思いもありました。
八大さんに精神的な部分である“志”を支えて頂き、その上に物質的な願いを比較的聞いて頂ける聖天さんに手助けして頂くということでしょう。
では志とは一体なんなのでしょう?
昨日の記事で“自利利他の心”と申しましたが、僕なりの解釈で僕なりの言葉で表すと、
“どう生きたいのか?”
“どう在りたいのか?”
ということだと思います。
良く言われる言葉ですし、綺麗事は嫌いなのですが、最終的にここに辿りつくよなぁと思います。
周りの人間を見て、「この人かっこいい」「この人みたいになりたい」「この人について行きたい」っていう人間ってしっかりと軸があるんですよ。
在り方がしっかりあるんです。
これは“やり方”ではないんです。テクニックじゃありません。テクニックは所謂コスプレです。
在り方とはつまり軸、背中を見せることなんだなと思います。どこまでも私見なのですが。
逆にそこがない人やブレブレの人って誰もついて来ないんです。
最初しっかりしていてもブレた瞬間離れていきます。
「アホ言うな、金持ち見てみい。いっぱい人侍らせとるやんけ!!」
と思われるかもしれませんが、それはお金についていってるだけです。
お金がなくなった瞬間、蜘蛛の子散らすように去っていきます。そんな人沢山見てきました。
悲しいですが
“世の中はお金”
“金の切れ目が縁の切れ目”
という側面は確かにありますから。
ただ、たとえお金が無くなったとしても、
「いえいえ、金じゃなくてあなたという人間が好きなんです。手伝わせてください。ついていきます。」という人は確かにいます。
そういう人は得てしてどう生きたいかというビジョン、軸がしっかりとあり、またその在り方も意識的なのか無意識的なのかは分かりませんが、結果的に自分だけではなく、他者の幸せにも繋がることをしているんです。
あんまりまとまりのない文章ですが、伝わると幸いです。