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護摩と八大龍王

今、僕は十一面観音様の護摩行を師匠から申し付けられており、毎日修法させてもらっているのですが、ふと思ったのが八大さん拝んでいているときと少し感覚似ているなぁと思ったのでシェアさせていただきます

 あくまで主観ですので悪しからず。

 

皆さん、護摩といったらどんなイメージを持たれているでしょうか?

仏様に供物を炎にくべて煙にして天にいる神仏様に召し上がっていただき、願意を聞いていただくという認識でしょうか?

 

もちろんそういう意味もございます。

ヒンドゥーバラモン教護摩(ホーマ)はまさにそういう意味で焚かれております。


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 ただ、仏教の場合は主目的が違います。

仏教の護摩は煩悩を焼き尽くし、菩提心を起こすことが目的です。

貪りの心、怒り、愚かさを見立てた供物を炎に投げ入れ、108の煩悩に見立てた木を投げ入れます。

つまり身も心も焼いてしまう。火葬です。


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そして燃やし尽くした最後にはスッキリして、優しい心で満たされます。

少なくとも、護摩を焚いている行者(僕)本人としてはこんな感覚です。

 

願いも同じです。

焼いて焼いて焼き尽くして、そして最後に残ったものが本当の願いです。仏様はそれを聞いてくださいます。

 

なんかざっくりしすぎですね(笑)

例えば、「金持ちになりたい!」という願意で護摩を申し込んだとしましょう。

気づいてないのかもしれませんが、「金持ちになりたい!」というのは実はかなり大雑把で解像度が低い状態です。

 

ではなぜ「金持ちになりたい」のでしょうか?

願いを玉ねぎに見立て、一枚一枚皮を剥いでいきましょう。

 

「誰かを見返したい」「異性にモテたい」「高級マンションに住みたい」などなど、色々あると思いますが、それは皮であり、側の部分であることが殆どです。

では芯の部分は何でしょうか?

「人から愛されたい」「自分自身を肯定したい」という物質的ではなく精神的な欲望かもしれません。

仏様は、そういう願いは叶えていただけます。

 

また、芯の部分が「実際にお金に困って不安で仕方ない」などであっても仏様は助け舟を出してくださいます。

 

 僕の経験なのですが、就職が決まらず頭を抱えていたとき、お不動さんのお札に対して真言を唱えていたら、急に携帯がなって「田阪、久しぶりやな飲みに行かへんか?」と空手の先輩から連絡がきて、そのツテで就職先が決まったことがありました。

 

もちろん、現実に動かすための行動、決断は自分自身でしなければいけませんので、何もかも仏様任せにしてはいけません。

 

話が少しそれましたが、護摩は火葬であり、最後に残ったものが“本物”ということです。

 

その本物の願いが自分だけではなく、周りの人間、社会に対してもプラスになるものであれば、仏様はなおお力添えをしていただけることでしょう。

 

続く。




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