自分が若い頃、飲み会の席で年齢に起因するさまざまなことを嘆く当時40歳になった直後の上司を見ながら、その姿は自分にとってはまだ遠い先のことであると思っていた。
ふと気がつくと、46歳になり、老眼やら四十肩やら、あのときに耳にした上司たちと同じようなことで自分も苦しんでいる。よく考えたら、あのときの上司の年齢よりも今の自分のほうが上じゃないか。
コミュニティで出会った同年代の友人たちとも、「出会ってから干支が一回りしたねぇ」と話したり、勉強会で「50代の転職」をテーマにしたLTを見たりしている。そのうち定年後再雇用の知見を共有するLTも目にするようになるのだろう。
soudaiさん とも先日似たような会話をした。こんなことをポストしていたからだ。
昨日の話で全力で働けるのが50まで、と仮定すると後10年しか無いのか。
— そーだい@初代ALF (@soudai1025) 2024年12月13日
じゃあその10年を何に使う?
いつか「全部やればええやろ」じゃない瞬間が来るんだよなぁ。
soudaiさん曰く、「体力はまだトレーニングでなんとかなるけど、気力がだんだん衰えてくるらしいよ」とのこと。
たしかに、最近は自分もいろいろなことが億劫になってきて、気力の低下を実感している。
休日にやりたいことがいろいろあるのだが、いざ休日に入るとどうにもやる気がおきなくて、1日ぼんやりしたり、昼寝をしたりして終わってしまうことが増えた(まさに昨日そういう日曜日を過ごしてしまった)。
こうしてブログを毎日書いているのも、アウトプットに対する気力の低下を明確に感じたため、アウトプットの筋トレのような気分でやりはじめたところもある。
この「毎日ブログを書く」という習慣がまさにそうだが、面倒なのだけどやったらまだやれるな、というのも実感した。なので、本当に気力が尽きてしまう前に、いろいろな事を「まずはとにかくやる」というのを意識しようと思っている。
このやる気の低下は、どうもコロナ禍の引きこもり生活によって強化されてしまった気もしているので、コロナ前にやっていた事をまずはいろいろやっていこうかなと思っている。