ぼくは人見知りだ。
コンビニで「いつもありがとうございます」と顔を覚えられるコミュニケーションをされると、そこに通うのは気まずくなる。(行きつけの居酒屋とか料理屋で覚えてもらえると嬉しいと感じるのでたちが悪い)
飲食店で店員さんが忙しそうにしていると、申し訳なくて注文ができない。特にカウンターの店などは店員さんとの距離感が近いのでもう無理...。なにも頼まなくても勝手に出てくるコースのお店が最高。最近はタッチパッドで自分のペースで注文できる店が増えたのでそれも最高。配膳ロボットいつもありがとう。
この世で最も苦手なものの一つが立食パーティだ。着席形式の会であれば、まだ固定化されたメンツとそれなりの時間を過ごすことになるので、だんだん慣れてくるわけだが、立食パーティとなるともう無理...。会話メンバーは常に入れ替わるし(むしろそうしたいから立食形式を主催は選ぶのであるが)、いったん食事を取りに行く、などで輪を離れると、もう二度とどこかの輪に入ることはできない。手持ち無沙汰が極まって飲み続けるため、瓶ビールでベロベロになる始末だ。
こんな人間でも、スクラムマスターだとか、EMだとか、人と関わる仕事を続けていられるし、なんなら「AIが進化してあらゆる物が自動化されても、人間がいなくならない限りは人と関わる仕事は食いっぱぐれねぇぜ!」とこの仕事に自らこだわっているくらいだ。
会議のファシリテーションは得意だと思っているし、やや苦手意識はまだあるものの、1on1とかカジュアル面談もまぁどちらかというと得意な側だと思う。
なぜなのか。
それは、仕事で扱うものに限っては、スキルとして訓練や学習で身につけられるものだからだ。
1on1やカジュアル面談のような、1対1のコミュニケーションはランダム要素も強いので、スキルだけで乗り切ることは難しいが、それでも事前にどういったことを話せばよいのかを準備しておけばなんとかなるし、コーチングスキルなどを学んでおけばそれなりに応用も効く。
人見知りであるがゆえに、いつも人の顔色を伺ってはビクビクしていて、そういう性格を自分では嫌っているのだが、ファシリテーションの場ではそういう人の顔色を探る観察眼がむしろ効果的に作用することも多いので、世の中はままならぬなぁ、と思っている。
自分は、コミュニケーション相手とのコンテキストがまだ把握できていなかったり、この場がどういう場であるのか、ということが定まっていなかったりするふわっとしたコミュニケーションが苦手なのだ。 なので、お互いが「ここはこれをやるための場で、そのためにわたしたちは話しています」ということが共有できていれば、その文脈にそって対話をすればよいわけなのでまぁなんとかなる。
仕事の場ではこういう感じなので、プライベートで「人見知りです」と言われるとあまり信じてもらえないのだが、立食パーティであたふたしているぼくを見かけた際は、察していただきたい。