四ツ谷・麹町散歩の続き。
次は番町文人通りを有楽町線に沿った道路から西方向に戻ります。

この辺りは高級マンションが立ち並ぶ街。タワマンとは違う上品さがあります。(個人の感想)

その一角、植え込みにあるのが有島武郎•有島生馬•里見弴旧居跡の記念プレート。有島武が息子たち、この三兄弟(弴のペンネーム)が住んでいた邸宅の跡である。


そして、その傍にあるのが菊池寛の旧居跡のプレートです。有島武郎の死後、邸宅の一部を借りて一年ほど住んでいたようです。


また、一つ路地に入ったところに泉鏡花の旧居跡。

さらに200mくらい西の路地にあるのは

島崎藤村の旧居跡。いずれも太平洋戦争の空襲のためか、住居に関するものは何も残っていないが、有島武郎、菊池寛、泉鏡花、島崎藤村と教科書で登場するような明治の文豪が表現は悪いがゴロゴロ住んでいたとは凄いエリアですね。文人通りの名は伊達ではないです。


さらにその裏にある角はフランス、欧州でも有名になった画家の藤田嗣治の旧居跡。文豪だけでなく有島生馬など芸術家も数百メートも離れていないこの辺りに住んでいたんですね。


再び文人通りを西に進み、左側を見ると下り坂、上り坂と続く道が。
こちらの通りは東郷通り。

日露戦争でロシアのバルチック艦隊を打ち破った連合艦隊司令長官 東郷平八郎ゆかりの地ですね。こちらは東郷元帥記念公園です。

この公園は旧東郷邸に作られたのですが、その部分は今工事中です。

公園北側の通りを東に行くと、

東京家政学院の校舎があります。

ここには博文館を創業した大橋佐平が創設した、私設図書館の先駆けとなる大橋図書館があったそうです。博文館は明治時代、日本最大の出版社として隆盛を誇った企業で現在の出版物専門の商社トーハン、本の街、神保町にある東京堂書店、週刊少年ジャンプなどの印刷を出がける共同印刷株式会社などの元となる会社です。

そしてその傍には与謝野鉄幹らが発行した機関紙『明星』発祥の地のプレートも。ここは文学だけでなく、その出版にも大きく関わった街とも言えますね。

さらにここは『子供のための音楽教室』の開設の地。ちなみに『子供のための音楽教室』とは固有名詞で桐朋学園大学が全国29カ所で実施している音楽教室でヤマハや河合のピアノメーカーの音楽教室より先に始めていて、音楽教室始まりの地と言えます。世界の小澤征爾を育んだ地であり、そしてある意味桐朋学園の始まりの地とも言えるそうです。それにしても明確には書かれていないのは何か大人の事情があるんですかね。

そして、大妻女子大学、二松学舎大学の横目に南へ500mくらい行った場所、ここは以前の記事でも紹介した英国大使館の裏の通り。

この坂の上にあるのは

コンビニで見かける女性向けコミック雑誌で有名な、最近だとドラマ「子宮恋愛」で話題となったぶんか社。ちなみに「ぶんか」は漢字だと「文華」だそう(創業時の名前は日本文華社)で「文化」じゃないそうです。まぁ昔は男性向け雑誌のペントハウスや岩谷テンホー氏の下ネタ漫画で有名な出版社なので「文化」ってことはないですね。

そして、その傍には

宝島社です。豪華なおまけがつくムック本で有名ですね。以前は雑誌「宝島」を中心に反社を扱ったり、政治的にもかなり過激な主張の内容が多かったのですが、

最近本屋で平置きされているのをよく見るミステリー「謎の香りはパン屋から」を出版するなどだいぶ落ち着きましたね。

ちなみにこのビルの下には訪問しなかったのですが日本カメラ博物館があります。
なんか番町って明治の文豪、芸術家から教育、出版さらにB級文化まで結構奥深い街ですね。