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駒込なのに吉祥寺? 日光御成街道を行く

本駒込散歩の続き。


本駒込駅付近の都道455号線本郷通りは昔、日光御成街道と呼ばれていて、埼玉県の幸手日光街道と合流します。今の東京メトロ南北線はこの街道に沿って進んでいますね。本駒込駅の傍にある南谷寺は通称目赤不動尊とも呼ばれています。

五行思想の五色、白・黒・赤・青・黄にちなんで東京には目白、目黒、目赤、目青、目黄の不動尊が祀られています。有名なのは目黒不動尊ですが他は知名度はそれほどでもないので見つけると得した気分になりますね。

さらに街道を北進すると立派な門のお寺が。

吉祥寺です。以前の記事で紹介した水道橋で大火により焼失した吉祥寺が引っ越したのがこちらです。ちなみにその門前町に住んでいて大火で焼き出された人たちが引っ越したのは今の武蔵野市付近で、吉祥寺という地名になっています。本家の寺がある方より有名になっているのは面白いですね。

こちらの本堂正面の両脇に狛犬がいますが

表情が独特です。

邪を祓うため、怖い顔をしているのが多いですが、じゃれているような柔らかい表情の狛犬は珍しいです。

こちらの吉祥寺、現在はお寺としては若干知名度が低いですが、大きなお寺であり、著名人のお墓も多かったりします。こちらは明治の小説家、川上眉山

子供の音楽教育に尽力した小出浩光の記念碑。「屋根より高い~」でお馴染みの『こいのぼり』の作詞者とも言われている人物です。(裁判で争って近藤宮子が現在の正式の作詞者ではありますが)

そして戊辰戦争土方歳三らと函館で戦い、その後特赦を受け北海道開拓に尽力し、政治家としても活躍した榎本武揚の墓もあります。

また、目黒散歩の記事で紹介した八百屋お七と吉三郎の比翼塚がありますね。ここ吉祥寺は本郷に住んでいたお七が火事で避難してきて、初めてこの寺の小姓であった吉三郎にあった場所なんですね。

以前記事で書いた六義園を横目にさらに北に進むとJR山手線の駒込駅があります。

このあたりが染井村と呼ばれたころ、オオシマザクラエドヒガンを交配して作った桜を奈良の吉野にあやかり売り出したのが「染井吉野(ソメイヨシノ)」。こちらの駅前の郵便ポストは染井吉野にちなんだデザインになっています。

こちら駒込妙義坂子育地蔵尊駒込はお寺とともにお地蔵さんが本当多いですが、こちらは建立は1668年。歴史がありますね。

近所の人たちが作った衣装でしょうか、愛されている感じがしますね。

さらにさらに進むと南北線西ケ原駅へ。ここには一里塚が残っています。日本橋から二つ目、つまり8kmの地点。この辺りは江戸を出て旅に出たな感じが出始めるころかもしれませんね。

(つづく)




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