再び高校生の時のバイトの話。
今はすっかり見かけなくなったが1980年代半ばころ、パソコンやその周辺機器だけを扱っていた小売店があった。当時マイコンとも呼ばれていてNEC、富士通、SHARPの御三家だけでなく、それに対抗して統一規格のMSXを取り入れたソニー、東芝、日立などの各電機メーカーから大量に発売されたころの時代だ。
そのころ、自転車で10分くらいのところに個人経営のショップがあった。メーカー系列店ではなく小さな店で品揃えはあまりよくなかったが、小柄でチョビ髭の店長のオジサンと馬が合い、特に新しいものが発売されない日でも毎週のように通っていましたね。
ある日、オジサンからショップのイベントを手伝ってくれないかと仕事の依頼があった。最新の機種で最新のゲームを体験してもらうという土日2日間のイベントで、ゲームの遊び方をお客様に説明して欲しいというものであった。
土曜学校が終わってから直接店に行って、そこから1日半の仕事。遊びに来た子供たちにプレイ方法を教えたり、デモプレイをするほか、そのPCのスペックを説明したりなど仕事と言っても趣味の延長線という感じだった。
そして、夕方、無事問題なくイベント終了。そこで今回のバイト代は、、、と店長に尋ねたら「そんなものはないよ」の回答。えーーーー。確かに給料の話はでなかったが金一封はあるかと思っていたが。。。10分ほど粘って交渉し、結局、店にある5,000円以下のゲームパッケージをひとつもらえることに。そのとき、この店で置いてあるゲームで欲しいものはなかったがそれで手打ちに。身内っぽいバイトでも条件を事前にちゃんと確認必要だと学んだ出来事ですね。
また、父親とバイトをした話も。。。
父親はサラリーマンだったけど釣り仲間かなにかわからないけど知り合いからの依頼で大型の機械のメンテのバイトをしていた。お盆休みや年末休みなど企業の長期休暇中で停止中の機械を分解、掃除する仕事で、対象は某大手ゴム製造会社の高炉横の加工機械や米屋の業務用精米機などだった。
そして、その助手として1日8時間で5,000円でどうかという話がきた。具体的には父親が狭いところで作業しているときに要望されたレンチなどのツールを渡す仕事や作業している間、部品を持ち上げていたりする仕事だ。
簡単な仕事で5,000円はいいぞと言われて引き受けたが、結論から言うと自分には合わなかった。簡単ではあるが暇すぎること、これが辛い。正確には暇だけど、いつ指令があるかわからないという状況が辛い。暇だけど緊張継続必要というのはマジ苦痛だった。この仕事2回ほどやりましたがその後は適当な理由をつけて逃げてました。このとき、自分で緩急をコントロールできない仕事は自分に向かないと悟りましたね。
父親は中卒で社会人になったが、大工、ガソリンスタンド店員などいろんな仕事を転職した後、20代後半で就職した企業で30年くらい勤めました。思い返してみて、若い時の仕事経験って本当大事だなと思いましたね。
といいつつ、自分は50代になってから3回ほど転職していますが。。。
