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今も昔も賑わっています チネチッタと川崎宿

川崎駅散歩のつづきです。

 

昭和時代の子供の頃、東京、横浜間の京浜工業地帯という言葉を習ったが主役は川崎だったと思う。戦後、川崎は工場の街として発展。工場に勤めている人が娯楽として当時人気を博していたのが映画。昭和30年代には川崎市内に45館の映画館があり、その多くが川崎駅東口エリアにあったとか。

しかし、昭和50年代にはカラーテレビの普及率が90%を超え映画館は大きく減少。そんな中、斜陽イメージを払拭すべく昭和末期の1987年、銀柳街の南西側エリアに再開発でオープンしたのが「チネチッタ」だった。日本初の大型シネコンで、翌年にはライブハウス「クラブチッタ川崎」、そして2002年に飲食やファッションの各種ショップが入ったオープンモール「ラチッタデッラ」が開業、映画館を中心としたひとつの「街」に発展しました。

建物のスタイルを統一。コンセプトはイタリアの街並み。

川崎らしからぬオシャレなスポットになったということでオープン当初は結構話題になりましたね。

その後、西口側にラゾーナができたため、今の人出はそれほどでもないですが、適度に賑わっていていいですね。

この街の中心にある噴水広場。常時、水が出ているわけではなく、ここで音楽や大道芸のイベントが行われたりします。

何も行われないときはこの階段に座りのんびり過ごしている人も。

こちらが映画館(シネコン)のチネチッタ、イタリア語で「映画の街」です。

また、ちょっとしたスポーツ施設も併設。

バスケットコートです。

こちらはプロバスケットBリーグ川崎ブレイブサンダースが運営しているコートですね。こんな感じで各種エンタメが楽しめるエリアになっています。

再び銀柳街に戻り北東に進み、

市役所通りを横断すると、今度は銀座街というアーケードに。

この入り口にある中華料理店

地元では有名な天龍

天下一いずま?
「まずい」の反対で「いずま」。つまり、「天下一おいしい」という意味。

なんか昭和の香りがする宣伝文句です。

こちらは銀座街。東京都内のアーケード街と比較して道幅が広いです。地方都市並みですね。一方でよくある地方都市のアーケード街と異なり、空き店舗もほとんどなく非常に賑わっています。やっぱり商店街は賑わっているほうがいいですね。

銀柳街、銀座街と並行して南側にあるのは旧東海道

この辺りはかつての東海道五十三次の二番目の宿、川崎宿にあたります。

古い建物はなく、当時の面影はほとんどないですが、騒がしい商店街を離れた静かなこの通りではちょっとノスタルジーを感じます。

日本橋からの距離は約18kmですが、当時多摩川に橋はないので増水すればここで足止め。ゆえに結構賑わっていたと想像されます。

広重の川崎宿はマンホールにもなっていますね。

ここの地名は砂子と書いて「いさご」。かつてこの地は砂地だったのが地名の由来だとか。もしかしたら江戸時代に入り東海道が整備されるまでは何もなかった土地だったかもしれませんね。

ここは小土呂橋跡。享保の時代(1726年)に建てられたときは立派な石の橋だったらしく、ベトナムから贈られた象がここを通ったとか。石橋を渡る象って当時はかなり盛り上がった大イベントだったかもしれませんね。

(つづく)




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