昔の職場は目黒駅が最寄り駅であった。そして一時期西五反田の合弁会社に出向。そのとき、時々使っていたのが不動前駅であった。最寄りは五反田駅だったけど当時あった「百番」という中華料理のタンメンセットを食べるためにわざわざ遠回りして使っていましたね。
という個人的な話は置いておき、不動前というと有名な飲食店といえばこちらの鰻の八つ目や「にしむら」。大正時代、巣鴨のとげぬき地蔵そばにある方が先みたいですが、今ではその後昭和35年に出店したこちらのほうが有名みたいです。
毎回かこの近辺を訪問していますが毎回店先を通ると「におい」にやられます。昼食食べた後でもお腹がすくんですよね。財布の事情もあり店先の串焼きで我慢ですが。

こちらは目黒不動の入り口にある平井権八と小紫の比翼塚。比翼塚と言えば現世で一緒になれなかった男女を弔う塚のことでどんな悲話があったかと調べたら、恋仲になった吉原の遊女小紫と逢うために安月給の侍権八が辻斬りをして金品を巻き上げていたという話。権八が殺した数は130を超えるとか。とんでもないシリアルキラーですね。

権八は殺人を繰り返した後、故郷の鳥取に帰った時、両親が亡くなっていたことを知って自首。最終的に死刑に。それを知った小紫は後追いで自死という悲劇だったそうだ。

どうやら権八はイケメンだったようで、その後『浮世柄比翼稲妻』という歌舞伎演目になり、脚色、美化された悲話になったようです。この塚のあった東昌寺は廃寺になり、この場に移動してきたようですが目黒不動尊という人気観光名所の目の前に、さらに小ネタのスポットを置くとは商売上手な感じがしますね。


門を抜けると涼しげな木陰の下の水エリア。

こちらは独鈷の滝とも呼ばれ、東京の名湧水57選のひとつでもある水の名所です。

こちらが水かけ不動尊。

水のためか周りと違う空気があり、パワースポットと言う感じがあります。
御利益ありそう。

ここから急な階段を上ると

大本堂があります。規模は大きくないですが1200年の歴史をもつ古刹で、江戸時代は目黒は江戸市中から日帰りできる観光名所として賑わった場所。なんとなくその面影が残っていますね。

こちらは大日如来。作られたのは1683年で銅製。太平洋戦争で金属供出で接収されなkったんですね。


青木昆陽は徳川吉宗の時代、飢饉対策のために甘藷(サツマイモ)の栽培を広めた人物。日本のサツマイモの祖であり、芋神様とも呼ばれているとか。サツマイモって昔から、平安時代ころから日本にある野菜だと思われがちですが意外と歴史浅いんですよね。
それにしても目黒とサツマイモってあまり結びつかないけど、昔、このあたりは田園地帯で現在の川越のように芋が名物だったりするかも。


こちらはこの寺を開いた松雲禅師。本人だけではないと思いますが500体以上の仏像を彫り上げたこの姿は「お坊さん」というより「モンク(僧兵)」という感じですね。


そこで目を引く看板が

こちら。この寺、別名「蛸薬師」とも呼ばれています。歴史は古く852年に円仁によって開山。円仁は遣唐使として唐から帰国時に嵐に遭い、その時身に着けていた薬師如来像を海に投じて難を逃れたとか。その後、蛸に乗って浮かんでいた薬師像を発見。その小仏を秘仏として胎内に納めてつくった薬師如来像を祀ったのがこちらの蛸薬師だそうです。

蛸を祀っているわけではないですが、お寺と蛸って珍しい組み合わせですね。

成就院の名の通り、願いをかなえるご利益があるそうで

願いが達成された両目の達磨がたくさん奉納されていましたね。

こちらのカエルの像もかわいいデザイン。なんかほんわかするお寺ですね。

それにしてもこちら、由緒ある古刹に湧水。エピソードのあるスポットとグルメ。観光名所になるために必要なものが揃っていますね。
(つづく)