前回の両国散歩の続きです。
江戸東京博物館を出てすぐ北側に江戸を作った徳川家康の銅像があります。

銅像の下は亀のように見えますが贔屓(ビシ)という中国の伝説の竜です。贔屓=ひいきの語源で、重いものを負うことを好むといういうことで石碑の台になったりしているそうです。

こちらを東に進み、清澄通りを横断すると北斎通りと呼ばれる道路に出ます。

北斎とはもちろん葛飾北斎。さきほどの銅像から300mくらい東に進むと、葛飾北斎生誕の地があります。

こちらは緑町公園という児童公園でその南側にはすみだ北斎美術館があります。

公園としてはジャブジャブ池があったり、

遊具があったりしますが、特に住居跡として何か残っているわけではありません。

ただし、こんな富嶽三十六景の赤富士のタイル床があったりします。
(近所の人の自転車が映っているのが公園らしいですが)

ちなみにベンチでオニギリを食べていたら、やたら人懐っこいスズメがウロウロしていました。

昼食のあと、すみだ北斎美術館を訪問。

入り口はこの隙間を入っていきます。

これが玄関ですがわかりにくいですね。

ここにあるのはレプリカです。あまり作品数は多くないですが北斎漫画とか、

幽霊関連の絵は珍しくて見入ってしまいました。

こちらは番町皿屋敷。首は蛇ではないです。皿です。

北斎は88歳まで現役だったとか。しかし、なぜこの姿を蝋人形で再現したのか。。。

ちなみに最近まで売っていたカルビーの堅あげポテトのパッケージは富嶽三十六景の神奈川沖浪裏です。

パッケージの裏に美術館の紹介があります。

美術館を出て、清澄通りに戻り、南へ進むと堅川と交わります。この場所は

雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る
さっき、公園で雀がウロウロしたのはこれを暗示していたのか。。。

ここにかかる橋は二之橋。池波正太郎の鬼平犯科帳で「二つ目橋」という名で登場しているとか。

今、川の上には首都高7号小松川線が通っています。
大都市東京では住宅化が進んでいて土地がないため、川の上に高速道路を建設したとブラタモリで解説していましたが、風情がないですね。

北斎が生きていたころはこんな風景だったようです。

そしてこの橋のそばには鬼平行きつけの五鉄という軍鶏(しゃも)鍋屋があるという設定だとか。鬼平ファンにはこのあたりは聖地らしいですね。
