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地元民、武蔵小杉は「むさこ」ではなく「こすぎ」

今回の散歩は武蔵小杉駅周辺。

武蔵小杉。昔隣の新丸子駅傍に住んでたことがあり、今も通勤の乗り換えで使っているため非常に馴染みが深いエリアです。というか、あまりにも馴染みが深すぎてブログ記事を書くのを忘れていたエリアですね。

武蔵小杉と言ったら先ずはタワマンでしょうか。

25年以上前は武蔵小杉を代表するビルと言えば武蔵小杉タワープレイス。地上23階高さ100mのマンションではなくオフィスビルですが、昔はこちらが小杉のランドマークでした。今は40階、50階を超えるタワマンも立って、比べるとだいぶ小さく見えますが。

2025年時点で13棟のタワマンが立っているとか。初めて武蔵小杉にタワマンが立ったのは約20年前の2007年。当時はファミリータイプでも5000万円台というのがあり、普通のマンションより高いが少々稼いでいる人なら買えそうな価格。でも、今は一億では全然足りない状況。夫婦二人でガンガン稼ぐパワーカップルでないと全然無理ですね。それでも東京の港区、中央区なんかに比べたら全然お手軽のようですが。。。

このタワマンだけの人口で5,000人は増えたとか。このために新たに公立小学校を建てたりもしてますね。そして、まだタワマンは増え続けており最終的には15棟になるとか。

タワマンが林立するまでたいして有名でなかった武蔵小杉ですが、できてからは省略して「むさこ」とか呼ばれるようになりましたね。個人的には「むさこ」と言えば武蔵小山、二番手に武蔵小金井でしたが、世間の認知度が上がり、むさこ論争で一躍トップに躍り出たようです。ちなみに"MUSACO"という英字表記を使い始めたのは川崎市だそうです。地域ブランド力を上げるための戦略でしたが地元から不評でしたね。地元民はむさこ/MUSACOという表現より小杉ですね

次に武蔵小杉で目を引くのはこちら。

バスケBリーグの川崎ブレイブサンダー、バレーSVリーグのNECレッドロケッツのホーム試合が行われる東急ドレッセとどろきアリーナ

Jリーグ川崎フロンターレのホームUvanceとどろきスタジアムの最寄り駅です。と言っても距離的には武蔵中原駅や新丸子駅のほうが近いですがいずれも15分以上歩くのでバスの発着が多い武蔵小杉駅が事実上の最寄り駅で試合のある週末は混雑しますね。

こちらの巨大ポスターの写真はフロンターレの中村憲剛や三苫らのレジェンド達。あのころはマジ強かった。

駅北口前にはフロンターレデザインの郵便ポストもあります。

マスコットキャラのカブレラに

ふろん太とワルンタも絵が描ています。他のJリーグチームで複数のマスコットがいる場合、だいたい家族か恋人同士というのが多く、似通ったデザインだが、それぞれ個性の違う3体のマスコットがいるのはフロンターレくらいですね。

駅北口そば高架下にはフロンターレの公式カフェ「フロカフェ」があります。

こちらには選手のサイン入りの風呂桶がズラリと並んでいます。ダジャレ全開ですね。ちなみに年一回、川崎市内の銭湯で「おフロんた~れの日」というイベントをやったりしてます。おじさん全開です。

そんなタワマンやプロスポーツのホームとしてのカラーが強い武蔵小杉ですが、元々は小さな駅。北口駅前ロータリーには昔ながらの街中華があったりします。ただ、ここも最近閉店に。まもなく駅直結のペデストリアンデッキを作るなど再開発が始まります。まだまだ大きく変化していく街ですね。

(つづく)

 

 

 

創業者の名前が駅名に? 工場の街、川崎を行く

川崎大師散歩のつづきです。

 

川崎大師駅前の大師道、東海道の川崎宿から川崎大師参拝に行くためのこの道は江戸時代、一生に一度は行きたい伊勢参りの寄り道コースとして賑わったんでしょうね。こちらローカルな道路っぽいですが国道409号線。始点は国道246号線、昔の大山街道と交差する溝の口、そしてアクアラインを通って終点は千葉県の成田山新勝寺の傍までと有名な寺を結ぶ道路だったりするんですね。

この道を西に進むと見えるのは

味の素の川崎工場

川崎大師駅から数分も歩けば隣の鈴木町駅ですが、これは鈴木という地名があったのではなく、味の素の創業者・鈴木三郎助の名前に由来したものです。

駅を降りると味の素工場のゲート。

このときは工場のお祭り「あじ祭り」。残念ながら事前のインターネット予約が必要で中に入れませんでしたが、守衛所の上の

この道を西に進むと見えるのは

味の素の川崎工場

川崎大師駅から数分も歩けば隣の鈴木町駅ですが、これは鈴木という地名があったのではなく、味の素の創業者・鈴木三郎助の名前に由来したものです。

駅を降りると味の素工場のゲート。

このときは工場のお祭り「あじ祭り」。残念ながら事前のインターネット予約が必要で中に入れませんでしたが、外から守衛所の上のマスコット「アジパンダ」や

アジパンダバスを見ることができました。

そして、京急大師線に乗って終点の小島新田駅へ。

駅前と言ってもコンビニが一軒あるくらいで少し淋しいですね。

コンビニの横を見るとブラタモリでも説明してましたが、この先も線路が伸びてた頃の遺構のコンクリの柵がありますね。

さらに東に進むと歩行者用の陸橋があります。

この橋からは無数の鉄道線路が見えます。

この先に見えるのはJR貨物の川崎貨物駅です。

ここから港や臨海地域の工場への引き込み線が分岐しています。

また、列車だけでなく巨大なトレーラーが走っています。

貨物列車好き、はたらくくるま好きには正に聖地ですね。

という感じで川崎散歩の最後は川崎市役所へ。2023年に完成したまだ新しい建物です。

政令指定都市の場合、「区役所」には用があっても「市役所」に行く用事は一般的にないのですが、ここには一般公開されている展望エリアがあります。

25階のガラス張りのスカイデッキ。一見室内のように見えますが天井がオープンになっています。

多摩川に

競馬場

競輪場

アメフトにも使われる富士通スタジアム川崎

役所傍の国道15号線と富士見通りとの交差点にある巨大陸橋も上から見ると、こんなカラーリングしてたんですね。

横浜側を見ると

東京タワーに

スカイツリーも

ゴジラが暴れた武蔵小杉のタワーマンション群も見えますね。

21時までやっているので夜景も楽しめるようです。無料で、、、私の税金が。。。

(おまけ)
今回の土産。
久寿餅(くずもち)は大師前ではなく、表参道にある住吉屋総本店のもの。

黒蜜ときな粉ですが意外とあっさりとしているぺろってイケます。

そして、こちらは

小さなだるま。ちなみに紫のご利益は長寿、健康向上です。50過ぎるととにかく願うのはこのひとつですね。

ディープな川崎を代表する金山神社

川崎大師散歩のつづきです。

 

大師公園の傍にはFMラジオ局「FM大師」があります。主な放送エリアは「川崎区」と超ローカルなラジオ放送局で開局は2024年とかなり新しいです。川崎市全体を網羅する「かわさきFM」が別にあるのですが放送局は中原区武蔵小杉。昔ながらの「川崎」である「川崎区」のプライドとしてラジオ放送局が欲しかったかもしれませんね。

局名は既存のかわさきFMと混同しないように「川崎」という名称を使わず「大師」としたのは面白いですね。何かの宗教っぽい名称で勘違いされる可能性はありそうですが。

そして、京急大師線の東門前駅。実は裏門の西解脱門から訪問した場合は川崎大師駅のほうが近いですが、賑やかな仲見世を通って大山門から行く場合はこちらの東門前駅のが近かったりします。マイナーな分、特に初詣など混雑するときに行く場合はこちらの駅を利用する方が良いみたいですね。

川崎大師駅のほうに戻ると表参道にあるこちらの薬局。

こちらには懐かしのサトちゃんの乗り物(ムーバー)がありますが、サトちゃんの背中に乗るのではなく隣に座るタイプです。

料金は50円。コイン投入口が塞がれていないので現役みたいですが、子供も大きくなったのでさすがに試せませんね。

この近所にはこちらも懐かしの「お口の恋人ロッテ」の看板。東京駅から35分程度なのに地方に来た感じがありますね。

川崎大師駅から南西方向に進むと徒歩2分くらいのところにある若宮八幡宮。

創建年は不明ですが400年以上前からある由緒ある神社です。

こちらの境内には大師河原酒合戦の350年記念碑なるものがあります。1649年、この地域の開拓事業成功を祝し、酒飲みの強さを競う酒合戦が三日三晩行われたそうです。今も10月第3日曜に水鳥祭(水はさんずい、鳥は酉、つまり酒の祭り)で酒合戦が行われるそうです。マイナーな神社ですが尖った面白いイベントですね。

そして、この敷地には小さいが一部の人たちに有名な神社があります。

名前は金山神社、人々からは親しみをこめて「かなまら様」と呼ばれています。

「かな」は金(属)、「まら」は、、、つまり「鍛冶と性の神」です。かなやま(金山)の音が単に似ているからと言うことで「かなまら様」になったそうですが。

鍛冶ということで鎌と刀と鈎?差し金?のシンボル。

そして、旗には、、、ですね。

しめ縄が付けられ、祀られた立派な「もの」もあります。こちらは金属製ですが、4月に行われる「かなまら祭り」では木製のものが神輿として担がれます。なぜか外国人の人気の祭りで2016年3万人の来場者のうち6割が外国人だったとか。祭りではこの形状の飴が売られたりとか、かなり攻めてますね(Wikipedia参照)。なお、この横には鍛冶屋が使う金床もひっそりと置いてありますね。

ご利益は鍛冶職人や金属・金物を扱う商人の商売繁盛のほか、夫婦和合・性病快癒そして子授け。絵馬はこんなかわいいデザインや

元気な子供の代表であり、子供のいない夫婦が天から授かるという意味で桃太郎のデザインのものも。

でも、やっぱりこのデザインが一番ご利益ありそうですね。

本当、川崎はディープシティです。

(つづく)

異国情緒を感じる川崎大師、大師公園

川崎大師散歩のつづきです。

 

川崎大師境内にある「つるの池」。タンチョウは現在北海道でしか見れないが、江戸時代は関東地方にも飛来してたみたいです。タンチョウ以外にもマナヅルやナベヅルなども飛来していて鶴は身近な鳥だったようですね。今はこんな名称が残っているくらいですが。

池の真ん中には災難を除き、幸福を招くといわれる朱色に塗らた「やすらぎの橋」が架かっています。この橋と五重塔をバックにひらまくんと写真が撮れるスポットになっています。

橋を渡ると

黄金の降魔成道釈迦如来像が鎮座しています。

その隣には日本百観音霊場(西国三十三観音、坂東三十三観音、秩父三十四観音各霊場)の観世音菩薩像(レリーフ)があります。このレリーフを触れながら歩くことで百か所分のご利益があるとか。

その裏には薬師瑠璃光如来尊像が祀られた薬師堂があります。それにしても、先ほどの釈迦如来像もそうですがインド? どこかエキゾチックなデザインですね。

また境内から少し北に離れた自動車交通安全祈祷専用の建物も同様のデザインです。

このそばには首都高K1とK6の出口があり、高速を降りてこの建物を見ると「えっ、ここはどこ?」と一瞬思ってしまいますね。

川崎大師の南東には大師公園があります。

遊具が充実していて駐車場もあるので、子供が小さいころよく訪問していましたね。

大師公園は遊具以外に野球場やテニスコートがある川崎市運営の公園ですが、注目ポイントはこちらの瀋秀園。1987年、川崎市の姉妹都市中国の瀋陽市と提携5周年を記念して造られた中国式庭園だそうです。

この雰囲気、確かに中華ですね。無料というか、子供たちの普段使いの公園で、この庭園はかなり気合入ってますね。

ここは中華系コスプレ撮影場所としてかなり有名らしいです。メジャーなアニメでしたら薬屋のひとりごとやキングダム、アニメ以外にも漫画、小説、ゲームなどに個性の強い人気のある中華系のキャラは多数いるのでコスプレ撮影需要はかなりあるようです。

池の傍の建物での撮影だけでなく、ちょっと小高いところのこちらの建物でも撮影したり、

ここから望遠で撮るマニアもいるそうです。以前は自由に撮影できたので訪問すると誰かしら撮影していたのですが、なんらかのトラブルが頻発したのかここ最近は市役所の撮影許可が必要だそうです。それでも個人利用目的ならば1グループ、1日使用で1,010円とかなりリーズナブルなようです。

ここ大師公園と川崎大師は直接関係ないですが、韓国風の経蔵、インド風の薬師堂そしてこの中華庭園とアジア異国情緒あると言うか、ちょっと変わった空間でしたね。

(つづく)

懐かしい大横綱 北の湖!川崎大師

川崎大師散歩のつづきです。

 

川崎大師の境内にはいろんな石碑や銅像が立っています。

 

橘樹郡(川崎、横浜市の一部)出身者の日清戦争戦没者を祀る招魂碑。日露戦争の忠魂碑や太平洋戦争の慰霊碑はよくあるが日清戦争のものは珍しいらしいです。(招魂碑はこれとは別にあるみたいですが)

東京消防組によって建てられた江戸消防記念碑。江戸時代の火消しが名前を残すために建てた碑だそうです。

そういえば大本堂内の大提灯の横には江戸消防記念会が寄進した長提灯がありました。

江戸(東京)だけでなく神奈川消防組もありますね。厄除け祈願の寺として有名な川崎大師は炎からも体を守ってくれるということで火消しの時代から深く信仰する人が多かったんでしょうね。

こちらは種梨遺功碑、長十郎梨の種を発見した当麻辰次郎の功績を讃えた碑です。実はここ川崎、特に多摩川沿いは梨の産地だったりするんですよね。ただ、今は住宅地が増え畑は減り、現地直売所では買えますがそれほど流通していなくて、お店では見かけないので地元以外で有名ではないですが。

こちらは「まり塚」。曲芸に使われた「まり」を供養する塚だそうです。

さらにこちらは茶道でお茶を点てるときに使う「茶筅(ちゃせん)」を供養する「茶筅塚」。こんなものまで供養塚があるとは。ある意味、川崎大師は火消し、芸能、茶道等いろんな団体からの信仰を集めていたことがわかりますね。

また、川崎大師ゆかりの著名人の銅像もあります。

こちらは「丘を越えて」「東京ラプソディ」「無法松の一生」などで戦前戦後に活躍した、NHK朝ドラの「エール」のモデルにもなった作曲家古賀政男。弘法大師の熱心な信者であった古賀政男は川崎大師賛歌を作曲奉納したそうです。

そして、こちらは通算24回優勝という偉業を残した昭和の大横綱北の湖ですね。ここ川崎大師の檀家であり、毎年年始に必勝祈願してたそうだ。個人的には先代の貴ノ花のファンだったので最強の北の湖が憎らしかったですね。でも、本当強かった。

また、著名な俳人の句碑も多く設置されています。こちらは正岡子規で

こちらは松尾芭蕉。これ以外にも高浜虚子などいくつかの句碑があるようです。昔から人気スポットであったこの寺に来ると一句詠みたくなるんでしょうね。

こちらは1984年に落慶した八角五重塔。青空に映える朱色がいいですね。

祈りと平和の像との共演も良いです。

ただ、土台も含む全体の写真を撮ろうとすると露店が入ってしまうのが残念。

訪問した日は菊花展開催中でさらに七五三参拝の時期だったので、露店がでるのは仕方ないかと思ったのですが、

毎月8日、20日、21日、28日は縁日で節分や7月の風鈴市の大きなイベントのほか、1か月あたり5~10件の行事が行われているようなので、毎日でないかもしれませんが露店が出ているみたいですね。

初詣の大混雑は避けたいが、ちょっと混雑している方が賑わっていていいですね。

(つづく)

神奈川で初詣と言えば川崎大師だが、まさか発祥の地だったとは

川崎大師散歩のつづきです。


川崎大師は正式には平間寺(へいけんじ)。ここで言う大師とは弘法大師のことですね。

大山門前の前回の記事でも紹介した久寿餅の店「住吉」の暖簾に描かれた商標は弘法大師の独鈷を使っています。独鈷は川の中の石を打ったら温泉が湧きだしたなどの弘法大師の伝説と切っても切れない仏具、アイテムのひとつです。

また、この鎮座する二匹の犬は高野山弘法大師を導いたという伝説にあやかり、頭部に独鈷をつけています。こちらの二匹の犬がお店に来た人を幸せに導いてくれるとか。

こちらの大山門は正月になるとこんな感じでしめ飾りが飾られます。

11月に訪問した時に比べると三が日を過ぎた平日でもこの賑わいですね。

大山門の建立は1977年。それほど古くないがそれでももうすぐ50年。京都東寺の国宝の四天王像を模像したものが東西南北に配置されている。

増長天(南)

持国天(東)

広目天(西)

多聞天(北)

大本門下の大提灯の文字は浅草寺でも見た「魚がし」ですね。魚河岸講(組合みたいなものか)が寄進したものですね。

こちらは大本堂です。こちらは1964年に落慶されたもので堂々とした井出達ですね。

初詣という言葉は明治時代、正月にここ川崎大師への参拝を報じた新聞記事が初だとか。鉄道開通で便が良くなったのが要因みたいですね(昨年放送されたブラタモリで知りました)。今も初詣の人気スポットで明治神宮などと並び正月三が日の参拝客数は関東のトップ3に入りますね。

大本堂の大提灯の文字はズバリ「弘法大師」ですね。

大本堂を参拝し、振り向くとあるのは銀杏の大木。こちらは太平洋戦争の大空襲で一度そのほとんどが焼けたのですが奇跡的に蘇生、今は霊木「奇跡の銀杏」として大本堂を見守っています。川崎は軍需産業都市として発展してきた街のため、攻撃目標になっていたそうで、今ここにある建物が戦後再建されたものが多いというのは仕方ないことですね。

その横の建物は経蔵。こちらの入口の扉に貼ってある紙に描かれているのは

川崎大師公式キャラクター「ひらまくん」。こちらのデザインは籔内佐斗司

一時期キモイかカワイイかの議論で話題になった奈良県のマスコットキャラクター「せんとくん」の作者ですね。

経蔵の天井は中央の双龍とそれを囲むように天女が描かれています。こちらは韓国重要無形文化財人間国宝)の李萬奉老師によるもの。鮮やかな色使いと顔のタッチが少し日本のものとは違いますね。

こちらは大本堂の南にある不動堂。ここには同じく初詣でトップ3に入る成田山新勝寺の御本尊のご分躰を勧請し奉っているそうです。つまり、ここで初詣するということは一回で二度おいしいということでしょうか。

そして、後ろにある信徒会館の屋根中央にあるのは

個人的な感想ですがどこか独鈷っぽいです。これ異様な存在感がありますね。

こちらは不動堂の裏に祀られている地蔵で「しょうづかの婆さん」と呼ばれている。これは三途の川で亡者の衣服をはぎ取る脱衣婆(だつえば)を示す「葬頭河の婆(そうづかのば)」が訛ったもの。こちらでお参りすると歯の痛みを癒すとか、容貌を美しくするなどのご利益があるとか。脱衣婆のイメージと大きく異なりますね。

(つづく)

京急に乗って川崎大師へ行こう

川崎駅散歩のつづきです。


川崎から徒歩5分のところにあるのが京急川崎駅。距離は短いのですが信号で待たされて結構かかりますね。

こちらの京急本線ホーム発車案内の掲示板は2022年までアナログ型の通称「パタパタ」でしたね。

こんな風情あるものが廃止されるのは残念ですが部品メンテナンスが厳しいと思うし、現在のLED版と異なり決まったテキストだけで他路線の遅延情報などは流せないことを考えると仕方ないですが。なお、おじさんはこれを見るとノスタルジーを感じますが、若い人たちは意外と新鮮に感じるかもしませんね。

youtu.be

京急川崎駅からは本線でなく大師線に乗って3駅目、川崎大師駅で下車。

こちらには京急発祥の地の石碑があります。京急と言えば泉岳寺、品川から横浜、横須賀、三浦を結んでいる本線側のイメージが強いですが、1899年、川崎大師への参拝客のために作られた大師線のほうが先に作られました。ただし、当時、人力車組合が客を取られると反対されたため、出発地点は川崎駅ではなく、川崎駅から少し離れた多摩川六郷橋だったんですね。

子の石碑の横には京急のマスコット「けいきゅん」のモニュメントも立っていますが、ちょっと怖い見た目です。

駅前にはごりやく通りと

川崎大師への表参道があります。駅から川崎大師までは徒歩8分。川崎大師のための鉄道を作ったのに駅から少し距離がありますね。

表参道を3分も歩くと川崎大師敷地を囲む長い壁が通りの右側に現れます。しかし、ここから入り口まではまだまだ先です。

途中表参道には名物の久寿餅(くずもち)を売る店や

厄除けの揚げまんじゅうを売る店など。

ついつい買い食い。

やっと入り口を案内する門が。ここを右に曲がると、、、

えっ、まだ見えない? 右側の店は、、、

こちらは明治17年(1884年)創業のそば屋松月庵。老舗ですね。

もう30mほど進んだら右側に大師仲見世と書かれた門。

やっとこの先にお寺の門みたいな建物が見えました。駅からの表参道をまっすぐ行くと山門というのが一般的だけと、ここは右折2回のUターンするという珍しいパターンですね。

ここからはさらに参拝者向けのお店が両脇にずらっと並んでいます。

久寿餅と並んで川崎大師名物の咳止め飴のお店も多数あります。

こちら飴そのものだけでなく、長い飴をトントントコトンとリズムを刻みながら小さく切る店頭でのパフォーマンスも名物である。日本の音風景100選にも選ばれているそうです。


川崎大師 トントントコトン ショート動画


中にはトントントコトンと音だけ鳴らしているマネキンロボットも。

また、こちらには「だるま」のお店もいくつかあります。

伝統の赤以外にもいろんな色のものがあります。色によって恋愛、健康、金運などご利益が違うようです。

見てるだけで運気が上がりそう。

こちら山門前の久寿餅の創業1917年の老舗 山門前 住吉。くずもちと言っても原料は葛でなく小麦粉。久寿餅が誕生したのは天保(1830年代)のころ。当時の川崎大師山主、隆盛上人によって、発明した久兵衛の「久」の字をと無病長寿を祈念した「寿」の一字を附して「久寿餅」と名付けたそうです。ネーミングセンスが抜群ですね。

(つづく)




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