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新しいことを始めるのは、私達を本当に幸せにするのだろうか

新しい分野に足を踏み入れるのは、自分の世界に新しい窓を取り付けるようなものだ。

料理をまったくしない頃は、外食で出てくる一皿をただ「美味しい」か「そうでないか」でしか見ていなかった。けれど、自分でキッチンに立つようになると、そのソースの手間や火加減の絶妙さに思いを馳せるようになる。

プログラミングも同じ。プログラムを書いた経験があれば、普段何気なく使っているアプリの滑らかな動きの裏に、どれだけの技術が隠れているか想像がつく。

知らなかった世界の内側を少し覗き見ることで、見える景色はがらりと変わり、日常はより深く、豊かなものになっていく。これまでただの「受け手」だった自分が、「やってみる側」になった瞬間、昨日までと同じ景色がまるで違って見える。こうして世界は広がり、人生は少しだけ豊かになるのかもしれない。

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だが、その豊かさは、新たな苦しみも連れてくる。それは、これまで知らなかった「上には上がいる」という冷徹な事実を、自分のこととして受け止めなければならなくなる苦しみだ。その分野の上級者たちの圧倒的な才能を前に、自分の未熟さを痛感し、打ちのめされる場所をひとつ増やすことでもある。(そして厄介なことに、このSNS時代は、自分より優れた才能を、いとも簡単に見つけさせてしまう。)

例えば、趣味で始めたイラストの世界がそうだ。新しい扉を開いたつもりが、そこは果てしない実力差を見せつけられる残酷な場所でもあった。SNSで神絵師の作品を目にするたび、自分の拙さに胸がちくりと痛む。知らなければ感じずに済んだはずの痛み。世界が広がったはずなのに、心はむしろ狭くなったような気さえする。

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新しいことを始めるのは、私たちを本当に幸せにするのだろうか。知れば知るほど、見えなかったはずの壁が見えてくる。楽しかったはずの挑戦が、苦しい自己評価との戦いになる。最近、その答えがよくわからなくなってきた。

答えはまだ見つからない。それでも私はまたいつか、懲りずに新しい窓を探し、震える手でそれを開けてしまうのかもしれない。




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