3〜4 年くらい前、まだ働けなくなって間もない頃、脳のリハビリのために集中的に英語を勉強していた。
⋯にも関わらず、今でも英語を書くときは翻訳ソフトや AI を使うのだが(その方が早いので)、AI が提案してきた英文が適切かどうかを判断して自分で最終的な手直しをすることは出来るようになったので、英語を勉強した時間は無駄ではなかったかなと思う。
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「英語を勉強した時間は無駄ではなかった」と書いたが、それは「英語の勉強に大量の時間を投じた自分」を肯定するために そのように答える節があるだろう。
ここで、この文章を引用したい。
ソフトウェア技術者の世界は脅迫に満ちている。「xxを読んでいないと駄目だ」「yyを経験していないやつは使えない」「zzは教養だ」など。ただ、こういう事を言っている本人はxxを読んでいるし、yyを経験しているし、zzを知っている。つまりこの手の脅迫は単に話し手の自己肯定の為に発せられることが多い。
こうした理由から、真に学ぶ価値がある技術は自分で見つけなければならない。それを誰かに教えてもらうことは不可能である。ただ言えることは、”誰かが知っているから学ばないといけないような気がする技術”を学ぶことに翻弄してはいけないということだ。
”技術者” の解放 - ひら