(※ 太字は私が付けたもの)
人間は誰しも与えられた環境で勝負している。遺伝子だったり家庭環境だったり、所属するコミュニティや経済的制約の中で生きていて、それによって人生の選択肢は決まってくる。
世の中の多くの失敗者と呼ばれる人たちは人生の最初からウルトラハードモードのゲームをプレイしているだけであって、彼らの失敗をイージーモードやノーマルモードのゲームプレイヤーが見下したり笑ったりする資格が本当にあるのだろうか。 (中略)
人生をもっとも一生懸命に生きている人間とは、どういう人なのか?それは大谷翔平でもイーロンマスクでもないと思う。彼らは成功者であり、彼らの一生懸命は成功によって報われていて、本人の自覚としては、それほど苦労した努力をしているわけではないのではないかと思う。
生涯を一生懸命に生きている人とは、一生懸命に生きざるを得ないような人たちであり、それはいくら努力しても認められず、仲間はずれにされ、敗者の烙印を押されて、それでもなお生きようと足掻きながら死んでいくような人たち、なんなら自ら命を断つような人たちの中に存在しているに決まっている と、ぼくは思う。
ここに登場する人・および筆者とは関わりは無いけれど、読んでいて少し泣きそうになった。
大谷翔平やイーロン・マスクがやっているような、1 を 100 とか 200 にする努力は世間に認められることはあっても、自分がしているような「マイナスをゼロに近づける努力(闘病)」は基本的に誰からも認められることが無い。会社員時代の 5 倍くらい、日々を一生懸命に生きているのに。
それはそういうものだと諦めて生きてきたので、なんだか、自分の努力を認めてもらえた気がして嬉しかった。
(※ 補足:「健常な人間より、自分の方が一生懸命に生きている」と主張する意図は無いですよ。)