
はじめに
はい続き。スタニスワフ・レム『SFと未来学』第9章「SFの形而上学と信仰の未来学」。
あらすじ
これまでの章と同じく、何か体系だった考察が行われているわけではなく、いろいろ読んで思いつきを並べるだけ、という感じ。宗教や形而上学を扱ったSFとして唯一見るに値するのはウォルター・ミラーJrの『黙示録3174年』のみ。他は浅はかで宗教をくだらない思いつきのネタにしているだけ。
じゃあ、ほかに語るべき作品がないので、形而上学や宗教一般についての話をしようか。科学が発達するとこれまでの形而上学で固定項だった人間ってのがゆらぎ、試験官ベビーとかピルとか人工知能とか出てくると困るよね。テイヤール・ド・シャルダンとか信仰と科学を融合させようとしたけど、なまくらだった。信仰は結局「不合理ゆえに我信ず」におちついて、神秘主義に走るしかないので、科学と融合させようとかいう無駄な試みはやめたほうがいいね。
ウォルター・ミラーも、核戦争後にキリスト教教会だけそのまま残ると思ったのは浅はか。ステープルドンは、超越者を求める心の働きは人間にあるけれど、それが具体的にどうあらわれるかは環境次第と見切ったのはえらい。
その他特にアメリカのSF作家は、知的な勇気もないし頭悪くてまともなもの何一つ作れていない。ダメねー。ちなみに、形而上学とか神がかった話が出てきたとき、本気で言ってるのか小説の奇想として言ってるのかは判定しづらいよね。あと、おいらの『ソラリス』のソラリスの海は神じゃないからな! あれはむしろそういう超越的存在を否定する小説なんだぜ! そこんとこよろしく!
これだけ。
感想
『黙示録3174年』はなかなかいい、という以外、何も見るべきことを言っていないように思うんですが。いろいろ可能性があるのに、いまのSFはそうしたテーマを取り上げていないという嘆きはわかった。でもそこで「あいつら、バカで意気地なしだから口をつぐんでるんだぜwwwww」というのは、必要あるの? 全般に中身薄いです。
基本、思いついたことの書きなぐりなんだよね。もっと構成考えれば説得力もあるし参考にもなるのに。
宗教・形而上学は科学の発展でいろいろ課題に直面するぞ。だってその前提となる人間が変わるしAIも出てくるもんな!
つまり宗教の未来学的な検討は大きなブルーオーシャン! SFの独壇場だぜ!
でも従来のSFはそれをきちんと考えてない。ギャグやつまらないものばかり。がんばれ!
唯一、ウォルター・ミラーJrはなかなかしっかり宗教のあり方を詰めて考えていてすごい。
ステープルドンは、人間の宗教心のあり方についてミラーより鋭かった。
あと、テイヤール・ド・シャルダンの思想みたいなのはSF寸前。でもあの人、マジで言ってたからね。でもSFとマジなテツガクとの差は紙一重ではある。
たとえばこんなテーマが有望なんじゃないの?
という具合で前向きに、体系だった宗教SF概観ができるんじゃないかなあ。
次回は!
次回は、エロスとセックス。うほっ、と言いたいところだが、涼森れむではないレムが、そんな艶っぽい話ができるわけないので、萎えそうです。まあお手並み拝見。