先月末、夫の父が亡くなりました。
数年前から入退院を繰り返してて、正月明けに調子がおかしいと入院。不整脈がひどいので地域の大きい病院に転院となり、そこでも間に合わないとかかりつけの大病院に転院しましたが、その後も不整脈が断続的に起こり、帰らぬ人となりました。
最初に入院した時はまさか1か月も経たない間に亡くなるとは思っておらず、でももっとうちの子達を祖父母に会わせた方がよかったかなと思ってそんな下書きを書いてました。
祖父母に無条件にかわいがられる機会がたくさんある方がいいよなという意味で。特にぼんは遊びに行ったりしたのも覚えてますが、こいとは生後半年からコロナ禍だったので時々お見舞いに連れて行ったぐらいで。
お義父さんは昭和の親父という感じらしく、最近でもイライラしたら怒鳴ったりしてたそうですが、我々と会う時は好々爺そのもので子どもの相手してくれたり、お義母さんもですが本当にかわいいと思ってくれてるんだなと伝わってきてました。
(去年同じようなこと書いてたのをたまたま見つけた)
亡くなった翌々日が葬儀で、子ども達には動揺しないよう当日の朝伝えました。
2人とも「えぇ…そんな・・嫌だー」と言って、こいとは「じいじ寝てるんじゃない?」と言いつつ「お手紙書く」と書いてました。
夫は数日前から付き添いでいないので、特急で2人を連れて行く。
家族だけの1日葬で坊さんも呼ばず。2人とも棺桶に驚いた様子で、こいとも寝てるのとは違うとわかったようでした。
皆でお花やこいとの手紙も入れて、焼き場へ。食事しながら待ってお骨上げ。
待ってる間、ぼんに食事をすすめても「いらない」と言って泣いて、さみしくなったようでした。
身近な人が亡くなってさみしい、よくしてもらったというのもぼんを形成する1つになるんだな。
こじんまりでしたが家族で見送れて、いいお葬式でした。
夫は色々と手続きがあるので残って、我々だけ帰宅。
寝る時に2人とも「ちょっと怖い」「じいじどうしてるんだろう」と不安そうだったので、極楽へ行ってもう痛いとかもないから大丈夫だよ、見守ってくれるんだよと伝えました。嘘も方便というか、こういうのは遺された者のためなんだなと改めて。
1週間ほど経ちますがたまにじいじの話をします。私も年を取ったからか、時々思い出すことが供養だなと思います。