本稿は「歌詞の瑕疵かしら」シリーズ第二弾です。この記事の最後に第一弾へのリンクがあります。
「赤とんぼ」の場景
童謡「赤とんぼ」は、三木露風が大正10年に歌詞を発表し、昭和2年に山田耕筰が曲をつけました。
夕焼け小焼の 赤とんぼ
「赤とんぼ」の歌い出しです。
この一節より、歌の舞台は下記 挿画の通り。

そして、歌詞の2行目の、
おわれてみたのは いつのひか
について考察してみます。
🐷解釈の瑕疵
「おわれて」を「追われて」とするなら、二つの解釈が考えられます。
①「追われて見た」→父親や年長者、若しくは母親に追いかけられながら赤とんぼを見た。
②「追われてみた」→「みた」が「見た」ではなく 「〜してみた」の略としての「みた」であるなら、「ちょっと戯れに追いかけられてみた」の意味になります。追いかけたのは①と同様の人でしょう。
何れにしても、歌の情景は下の イラストのようになります。

ところが…
🐰歌詞の解釈
歌詞の後段に下記の一節があります。

ここに出てくる「姐や」とは幼少期の作者の世話をしていた子守の女性、そして作者は慕っていたこの女性との別れを回想しています。
だとしたら「おわれてみた」は「負われて見た」→「姐やに背負われて赤とんぼを見た」となります。

カナ漢字で書かれた歌詞も以下の通りです。

夕暮れの切ない願い
「赤とんぼ」という童謡は、表面的には《トンボをきっかけとして、秋の情景と幼い頃の思い出を回想し往時を偲んでいる》といった素朴な歌にみえます。
しかし、私がこの歌詞から受ける印象は、やるせない郷愁、子守の女性への思慕といった「幼少期に満たされなかった夕暮れの切ない願い」です。
孤独な来歴のコロラリー
この歌は姐やに背負われて赤とんぼを見た幼ない頃の追憶です。
つまり、「赤とんぼ」の歌詞は露風が自らの幼い日の体験を回顧して作ったのかもしれません。
そこで三木露風の来歴を調べてみました。
《露風の来歴》
露風は明治22年兵庫県揖西郡龍野町に生まれました。5歳の時に両親が離婚。祖父に引き取られ母と生き別れになります。母は露風にとって唯一の心の拠り所でした。
とするならば、この歌の真髄は、素朴な言葉の奥にひそむ深い情感にあるはずです。
その情感とは?
そして、この歌の意義は…
「赤とんぼ」に宿る不変の真価
幼少期の母との別離が郷愁・孤独という露風の生涯のテーマの淵源なのです。
露風の私的な孤独が、「赤とんぼ」という歌を通じて、私たち日本人が共感する原風景へと昇華したことでこの歌が永遠性を授かったのです。
▼歌詞の瑕疵かしら「シャボン玉」はこち
↓ ↓ ↓
歌詞の瑕疵かしら😱 ▫️▫️▫️ 「シャボン玉」 - こに〜 の ざれごと