今日は11月25日です。作家の三島由紀夫が昭和45年(1970年)に東京・市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部で割腹自殺した日です。
享年45歳、存命であれば今年100歳でした。
下の写真は三島の最後の作品「豊饒の海」の第ニ巻「奔馬」の最終部分です。
『正に刀を腹へ突き立てた瞬間、日輪は瞼の裏に赫奕と昇った』
上記文を初めて見た時少し違和感がありました。ボクには、「腹へ」という修辞よりも「腹に」の方が自然に思われました。「腹へ」とした三島の意図はなんだろう。
「に」でも「へ」でも通じる単なる助詞の選択ですが、この選択を繊細な三島がおろそかにするはずはありません。ましてや、第二巻の最後の一文、三島は練りに練って書き綴ったはずです。
この文をボクは何度か黙読してみました。
すると,三島の選択した「腹へ」の方が好適に思えてきました。
文法的な理由づけは野暮かもしれませんが…
「腹に」は、刀の切先の到着点、即ち場所という静的な対象を示しています。一方、三島の「腹へ」という表現は刀の方向性を重視しているように感じます。三島は刀の直線的な方向性を強調するすことで、主人公(勲)の揺るぎない信念に基づく決死の覚悟を描出したかったのでしょう。
三島由紀夫の文章には格調高い日本語本来の音韻の美しさが感じられます。作品全体が和歌や俳句のように情緒的であり観念的です。
また、三島は旧仮名遣いにこだわりがあり、多くの作品で旧仮名遣いを用いた表現が見られます。三島の作品からはその時代の情緒や空気感が伝わってきます。
ボクは三島由紀夫の華美で詩的な文体がとても好きです。

三島由紀夫の書籍は四国の実家に保管しています。ほとんどの作品を網羅した「三島由紀夫全集」だけでも東京に移送したいのですが、全集は36巻もあり叶っていません。
三島は稀有の作家であると同時に独特の美学と憂国の精神で理想を追求したサムライでした。
だけどボクは作家としての三島が好きです。
三島がサムライでなかったら、そして45歳で割腹自殺をしなければ、もっと数多の優美で風格の感じられる作品を拝誦できたのに…
残念でなりません。