平和教育 Any% TAS チャート解説
前提知識: TAS(Tool-Assisted Speedrun)とは、フレーム単位の操作やバグ技を駆使して、ゲームを最速でクリアする遊びである。このチャートでは「子どもが最良の平和教育を受けた状態にする」ゲームを最速クリアする手順を解説する。日本は教育に金をかけないので、低コストで実行できるというのも重視している。
「Any%(エニーパーセント)」は、スピードラン(RTA/TAS)におけるクリア条件のカテゴリ名称、ゲーム内の達成率(アイテム収集、全ボス撃破、クエスト消化など)を一切問わず、いかなる手段を用いてでも「最短時間でエンディングに到達すること(ゲームクリア)」のみを目的とする。今回は通常の平和教育で要求される「道徳的共感」「歴史的背景の網羅」「感情的な理解」等のサブイベントやアイテム回収をすべて無視・スキップし、「平和の合理性を論理的に理解させる」というエンディングのみを、最短ルートで強制的に達成する。
- 区間1:初期メモリの書き換えと感情判定のスキップ
- プレイ開始直後、対象の脳内メモリに『ろうそくの科学』および『雪の研究』のテキストデータをロードする。
- 『ろうそくの科学』および『雪の研究』は以下の特徴を持つ。
「科学=非日常の特殊領域」という対象の初期仕様を突いたグリッチ(バグ)を実行する。この2冊を入れると「目の前のコップの水も、降ってくる雪も、全部物理法則で動いている」という認識が強制発生するため、以降のイベント処理で「感情判定」を完全にスキップするフラグが立つ。これにより、道中の無駄な道徳的エンカウントによるタイムロスがすべて回避できる。
区間2:テキスト一括ロードによる強制フラグ回収
脱文脈化された過去の人間の行動ログ(約1万文字)を連続入力する。
1956年01月01日 | 高村光太郎
高村光太郎が中西さんの家で雑煮を食べた。日向ぼっこをして、夕方に少し寝て、夕食にはカニ玉を食べた。午後に家政婦さんがやってきて、寒いのでストーブをつけた。
出典:『高村光太郎全集』第13巻,筑摩書房,1958. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1667149 (参照 2025-11-25)
1910年01月02日 | ハヤシ
ハヤシなる人物が、山手線に乗って拝島に行った。嫁が化粧に手間取り出発が遅れ、駅に着くと大変な混み合いである。池袋まで来ると、もう一人も電車に乗れない。書生風の男が運転席に乗ろうとして、運転手と喧嘩になった。
出典:『新仏教』11(2),新仏教徒同志会,1910-02-01. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/10986884 (参照 2025-11-23)
1912年01月03日 | 榊谷仙次郎
榊谷仙次郎が冷水摩擦を済ませ、餅を食い屠蘇を飲む。堀内さんの家に行き、醤油で餅を十二個食べた。「夕飯を食べてお帰りなさい」と言われたので、食べることにした。なぜか堀内さんから留守番を頼まれた。堀内さんが帰ってくるのが遅く、夕飯も遅くなった。その日は堀内家で泊まった。翌朝は堀内の家で冷水摩擦をした。
出典:『榊谷仙次郎日記』,榊谷仙次郎日記刊行会,1969. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12195385 (参照 2025-12-08)
1945年07月07日 | 赤松信乗
七夕祭りでもしようではないかという話になり、ダンゴを作った。しかし食事の際には、ダンゴで使っただけ、米の量は減らす。量は同じだが、なんだか楽しい。竹を切って、百ペソや十ペソの紙幣をぶら下げ飾り付けをした。夕食はまたカレーライスである。青いバナナでカサ増しすると腹も膨れるし、味もいい。最近、料理はメンバー総がかりでやっている。
出典:赤松信乗 著『特攻基地の墓碑銘 : 赤松海軍予備学生日記』,双葉社,1993.11. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/13244972 (参照 2026-01-20)
- 一万文字は熟練プレイヤーにとっては極小サイズのデータだが、処理能力(脳内メモリ)の低い新規プレイヤー(子供)は膨大なログと錯覚する。
- 区間1で感情判定をスキップしている状態で、一時的な処理負荷をかけると、対象はこれらを「NPCの確定行動(環境変動に依存せずデフォルトの日常維持ルーチンを実行する)」として処理する。
- 対象の処理帯域に対して1万文字のデータはオーバーフローを引き起こすが、これを利用して「人間はどのような環境でも普通に生きようとする」という人文知の結論フラグを数十分の経過フレームで強制回収する。
ポイントは、区間1で感情判定をスキップ済みなこと。だから子どもは「戦地での七夕祭り」を「悲惨な話」ではなく、NPC(ゲーム内キャラ)の確定行動として処理する。つまり「環境がどれだけ異常でも、人間はデフォルトの"ふつうの暮らし"ルーチンを実行しようとする存在なんだな」と読む。データは俺が作って公開しているので無料、本当にこれする人がいるならオープンソースの自由なデータにする。
区間3:任意コード実行(ACE)とタイマーストップ 最終区間。ここでインストールするのは因果関係のロジック、すなわち「目先の自分の得だけを優先すると、10年後に治安が崩壊し、生活水準が下がり、最終的に戦争・紛争フラグが立つ」という構造。
ここで『つきあい方の科学』のテキストデータを読み込ませると深刻な処理落ち(理解の遅延)が発生するため、データをGUI化(絵本フォーマット)して入力する。
- 画像データを利用した任意コード実行により、囚人のジレンマ等のゲーム理論の構造を対象の脳内に直接展開する。「平和の維持が最も論理的な最適解である」という最終フラグを確定させ、タイマーストップ。情緒的説教によるロスフレームは0。
ここだけお金がかかってしまうが、これを回避する方法はなかった。コミュニティーによる解析によって、隠された仕様の解明を期待したいところである。
これを考えた背景
ここから人間に戻るわけだが、ドイツは平和教育に熱心だが、若者が右傾化してるらしい。個人的な経験になるが、日本で平和教育を受けた私は、なんでこんなゴチャゴチャ言われなきゃなんねぇんだよ、暗い話ばっかりだし、もっと面白いことしろやみたいな認識だった。平和教育のやり方と私の人格に問題があるのではないか?
私が受けた教育はとにかく日本は悪い、戦争はダメというもので、戦争はヤダけど、本当にそんなに日本が悪いのかと思うのが普通だと思う。
こういう時の反応は人による。私の場合は右翼に興味を持って、玄洋社や黒竜会やらについて多少調べたりした。左翼は元々好きだけど、右翼関連の書籍も同じくらい読んでるんじゃないかな。あと平和教育を受けた際に発生した一番の疑問が、「仮に日本が根性論しかない悪い国であったとしたら、国の近代化に失敗するだろ笑」というもので、二十年か三十年越しくらいに大量の資料を読み、その疑問を解消させた。成功した要因の一部。
なぜ資料を読み始めるまでに数十年もかかったのかというと、平和教育を受けたことで戦争の話題自体に忌避感があったからだ。こういうのも平和教育の弊害なのではないかな。
たまたま私は資料を読むのが好きなので、資料を読むという方法で自分に平和教育をして、平和主義者になったけど、反応は人によって様々だと思う。日本は良かったんだみたいな本を読んで、満足することもあるはずだ。読んだことはないがゴーマニズム宣言なんかは、そういう需要に応えたものなのかもしれない。
あと日教組が悪い! 左翼教員が悪いみたいな反応もあんだろうが、平和教育をして喧嘩起きるのは本末転倒である。私が受けた平和教育は平和教育のバリエーションのひとつでしかなく、他の人がどのような平和教育を受けているのか知らない。だからよく分からないんだけど、今の保守みたいな人が反発しているものは、平和教育の対象だったものが多いような印象があって、平和教育が心底嫌だったという人は存在するのだろう。最近だとこういうことがあった。
戦前のメディアや知識人は酷くて、戦後になって全然違うことを言い出したんだみたいなことも習ったが、あれも今となっては普通ではないかと思う。人間なんてものは弱いので、日本の侵略賛美すりゃ金もらえるってなったら、賛美する人がいるのが当然である。今でも変な切り抜き動画を作ってる人がいる。彼らが自分の行動を戦前のメディアや知識人は酷いみたいなのと接続して考えているはずがなく、この行為は国益に反するとどうかと深く熟慮したり、人間とは善、あるいは良い状態を本能的に求める生き物なのだから、善であり良きものを作るべきとか考えているとも思えない。多分だけど小遣い稼げて得みたいな感じで、そういう行動をする人間が存在するという前提で教育していくほうが良さそう。
戦前のメディアや知識人批判は単純化できるものではなくて、なんか難しいと思う。私も考えるの面倒くさいんであんま知らんが、とにかく難しいことを単純化して教えるのはよくない。例えば今のオールドメディア批判のフォーマットは、平和教育で習ったことがベースになってんじゃないかな? これは悪い影響だと思う。
中流の上澄みから上流の人々が、個人の短期的な利益を優先したことで、戦争に加担したみたいなことを教えたら良さそうだけど、これはこれで反発が起きそうだ。当時の財閥は国が揺らいだらダメージを受ける程度の規模だけど、当時の教育から推測すると、それを実感できる経営陣はあんまりいなかったんじゃないのかな? 武器作ったりして金儲かるし得みたいな考え方が主流であったような気がするけど、それだと転売ヤーとか切り抜き動画の人と一緒なわけで……というように、こういうのを単純化して教えるのは難しい。
全く別の話だと、軍国主義風の物語が拒否されていた時代が長くあった。素晴らしい人(俺)が書籍で紹介してくれてはいるけど、それらの作品群は今も正当に評価されてはいない。構造だけでいうと敵性語の禁止そっくりで、色々な問題を抱えているような印象がある。
もっとも最近は以前のタブーが解消されつつあり、こういった話もやりやすくなってきている。問題があるとすれば、人間が考えて根拠をもってタブーを解消しているわけではなく、なんも知らん奴がちょろっと知ってしまい、いきなりノープランで大声を上げまくるみたいな構造な点で、これはこれで色々とヤバそう。
私は色々な平和教育を私に施したんだけど、今のところ一番良いのが大量の資料を読むというものだ。戦時中には変なことが大量に起きていて、詳細は忘れたが私が好きなエピソードとしては、引き上げ船にミシンを積み込んで日本に持って帰ってきたお母さんというのがある。子供が三人くらいいて、全員生還している。ミシンを持ち帰った理由は生活するためなんだけど、出港時にはものすごい混乱していた上に、命の危機を感じたみたいなことも書いてあったので、相当に変な話だと思う。荷物の重量制限がある上に、ミシンを持ち運びながら敵から逃げ切ったのか? とか子供はどうしてたのか? とか。ただこの話をしているのは当時は子供だった人で、母親がミシンで稼いだ金で大人になっている。不思議な話だと思う。
こういうものを大量に読んでいると、こういった話は、バイアスからは逃れられないということが理解できる。色々な人が色々なことを書いているが、書き残す人は字を書くのが好き、あるいはちゃんとした教育を受けている、比較的裕福などの特徴がある。資料が残るかどうかには、偶然の要素もある。あと戦時中に書かれた手記と、戦後に書かれた手記は少し質が違うとか、色々あるんだけど、いくら読んでも実際のところどうだったのかというのは分からない。
こういう混沌に長く晒されていると、人間がなにをしても不思議はないし、なにが起きても不思議ではないという境地になる。だから異常に残酷なことをしないように、人間を制御しなくてはならないみたいな結論になると思う。ついでに研究倫理みたいなのも血肉化されていき、資料を資料、事実を事実として扱う能力も身につく。
わかりやすい事例に、終戦直後に朝鮮人の生徒たちが、学校を襲撃し先生をぶん殴っていると、校長が出てきてみんなが敬礼したという話がある。これも実際にあったかどうか知らないが、あったと仮定すると殴られた先生は嫌な奴だったんだと思う。校長は生徒から好かれていた。それだけの話、ここで変な解釈を入れないみたいなトレーニングが平和教育なんじゃないかと私は思うんだけど、こんなこと言ってる人はいないと思うんで私が間違っている可能性が高いな。
日本の平和教育は被害体験を軸に据える構造で、加害者としての側面が弱くなる側面もあるが、戦争の体験の話みたいなのが、アーカイブされているのは目茶苦茶良いことだと思う。ちなみにだが私は平和教育で聞いた戦争の体験談について、ほとんど覚えていないのだが、大人になってからそこそこの量を読むようになった。戦争体験談については、子供に無理強いするよりも、大人になってから読みたくなるようなフックを設置しておくほうが良いのではないかと思う。
もともと戦争体験談は、資料としては扱い方が難しいものである。個人の体験談っていうのはあんまり信用できないのは事実、しかしその人の体験としては絶対の真実、それでも必ずしも客観性があるわけでもなくて……みたいな判断ができるような思考力というか、正解のない資料に対して動じない胆力を培う必要がある。これもまた平和教育なのだろうが、数時間程度の学習でそんなことができるようになるはずがない。
色々考えていくと、平和教育って結局リベラルアーツなのではないかみたいな結論に至るわけだけど、世界の情報量は増え続けているため、近代化以降まともにリベラルアーツを習得するのはほぼ不可能になってたと思われる。平和に必要な部分を、極限まで圧縮したのがこの TAS である。
平和教育が上手くいってないのが日本だけなのかどうかは謎だけど、世界的に共通する課題なのだとしたら、良い手法を日本で開発し世界に押し付けていくというのは良さそうだと思う。世界に誇れる日本みたいな感じで右翼や保守の人は満足するし、左翼やリベラルも平和が好きなので喜ぶ。全てが良い。
冒頭に書いたのは分かりにくい可能性があるので、最後に普通に書いたものも掲載しておく。これは大人でもできるので、平和教育が終わってない人はやってみるのもおすすめというか、ヤバい人が多いのでみんなにやって欲しい。
- ファラデーのろうそくの科学、中谷宇吉郎の雪を読む(科学的合理的思考と分析)
- 過去の人間の行動をフラットに読む(人間はどのような環境でも普通に生きようとする→人文知の結論みたいなもの→私が作った。戦地でカレーや団子を作る、1960年に親父が病院を抜け出して牛のお産に立ち会おうとするなど、ただの事実の羅列)
- 個人の利益は短期的に最大化するが十年後に治安が悪化し生活レベル下がるみたいなのを徹底的に教える(戦争、紛争の原因→つきあい方の科学を読む)