
** 2026・1月更新 **
こんにちは。ココです。
注意欠如多動症(ADHD)で自閉スペクトラム症な息子の行動と会話から何かのヒントを綴っていく当ブログへようこそ。
今日は息子が小学生の頃のお話です。
工作が大好きだった息子。でもすぐかんしゃくを起こしちゃうの。どうしたらいい??そんな時のお話。
- 工作は発達障害児の気持ちの切替をさせる方法のひとつ
- おすすめは「アイロンビーズ」
- 工作が大好き!でも不器用で出来ないのっ!
- 定型発達児から数年遅れてやっとできるようになる
- かんしゃく起こすから「工作はやらせない」??
- 溜まったガスは抜き切る
- 半年かけて育った「理由を言葉にする力」
- わが家の「特別教科」
- まとめ
工作は発達障害児の気持ちの切替をさせる方法のひとつ
知的・発達障害児は「工作好き」が多いようです。
段ボール工作やレゴブロックなど、手を使って「創作」するものに非常に興味が向きやすい。
ストレス値がたまってチックや多動が増えたとき、かんしゃくを起こしたあと。
狭い場所に入って何かから逃れようとしているとき、 やたらと泣きわめいて落ち着かないとき。
粘土やクレヨンを渡す、ブロックの箱をガラガラガラーッ!と床にひっくり返して「遊べるよ」と声をかける。
段ボールやお菓子の箱、シールやリボンなどの寄せ集め材料を広げて「何か作ろうか。剣や鉄砲(女の子ならケーキや王冠)なんかどう?」と、その子の興味のあるモノの名前を挙げてみる。
こうすると約半数の割合でそばに寄ってきて創作活動をはじめます。
すると次第に落ち着いた表情になり、自分の創作に没頭し始めるようになります。

恐竜やドレスなど、その子の好きなジャンルの「ワード」には、瞬時に気持ちを切り替えられる「魔法」があります。
工作は気持ちを切り替えるのが難しい知的・発達障害児の強い味方。
さっきまでの心の揺れを、短時間で解決してくれる方法でもあるのです。
おすすめは「アイロンビーズ」
最近は療育施設や学校の支援教室、カウンセリング室などにアイロンビーズを置いているところが多いようですね。
アイロンビーズは幅広い学年に有効なようで、6年生でも無言でスポーツカーなんかを作っている様子を見ることがあります。
息子も時々学校で作ったアイロンビーズを持ち帰ってきますね。
気持ちの切り替え時に何かいいものを…とお探しの方は、アイロンビーズがいいかもしれません。
学年も性別も関係なく、どんな子でも興味を持つようなので、おすすめです。
工作が大好き!でも不器用で出来ないのっ!
さて、息子のようなかんしゃく持ちの子には、落ち着かせようとして誘ったこの「工作」がさらにヒートアップしたかんしゃくを起こす原因になることも多々あります。
多々…いや、90%の確率で息子はかんしゃくを再稼働させますね。
それは「不器用だから」。
知的・発達障害児の多くは手先が不器用です。
他の子のように「ハサミを使って曲線が切れない」
「何度折り紙を折らせても、真っ直ぐ折れない(だから結局最後まで辿り着かない)」
「塗っているうちにクレヨンがボキボキ折れちゃう」。
本人たちはとても真面目に取り組んでいます。ふざけているわけじゃない。
「今度こそ!」「今度こそ!」
一生懸命やればやるほど手に余計な力が入り、折り紙はぐちゃぐちゃ、クレヨンは粉々。

クレヨンは折れにくい商品だと硬すぎて、筆圧も必要になるため気持ち良く作業ができない様子。気持ちよく描かせようと思うと、やはり「折れやすい」クレヨンに軍配が上がってしまいます…。
「あーっ!!LIX%#G&7KZ3!!!!!」

はい噴火~。噴火レベル「特別警報レベル5」。全ての住民は即刻避難してください~。
定型発達児から数年遅れてやっとできるようになる
定型発達児ができる作業を、数年かけてやっとのことで習得していく発達障害児。
折り紙はまわりの子より6年遅れて、息子はやっとできるようになっていました。

でも鶴は5年生の頃はまだ折れませんでした。今はやらせたことないけど…どうだろう??
そんなわけで高専で様々な学科を見学した時、息子は細かい作業が必要になってくる「配電盤や電子回路を作る電子科」「旋盤などの微小な作業を必要とする機械科」は「う~ん…。。。」と言っていましたね。
今でも細かな作業は苦手なようです。
クレヨンに至っては結局「手動粉砕機」のまま小学校に入学。
クーピーもバッキバキ折れ続けるので、学校では(かんしゃくを起こすため)手に取ることさえなくなっていました。
もちろんクーピーを使う図画や理科の観察日誌などは小学1年後半から不参加。
宿題として持ち帰り、なかなか折れない「色鉛筆」で作業して後日提出の形をとっていました。
「鉛筆だけ」で描いたモノクロの絵を提出し続けることもありましたね。

図工や新聞、理科の観察日記なんかを書けなかった息子でしたが、現在は高専で化学を専攻して学んでいます。そう考えたら、小・中学校での「実技」ができなくたって、何とかなっちゃうもんですね(笑)。
かんしゃく起こすから「工作はやらせない」??
当時息子のかんしゃくは年齢が上がるごとに大きくなっていました。
唸ったり叫んだりだけだったのが、モノを投げたり、手が出ることも増えていきました。

そんな息子のどんどんエスカレートしてくるかんしゃくに疲れ果て、「かんしゃくの原因となるもの」をガンガン禁止していた時期もありましたね。
自分の不器用さが発端となり、9割の確率でかんしゃくを起こす工作もブロックも。
ぜんぶ、45リットルゴミ袋3つに詰め込んで封印したことも。
テレビ、ゲーム、ブロック、おもちゃ、工作用品。クレヨン、自由帳、折り紙、色ガムテープ。
排除しても排除しても、また新たな原因でなにかしら毎日かんしゃくを爆発させる息子。
禁止は意味がないんだよね、分かってるけどさ…。。。。
そう思い直して解禁するのですが、毎日のかんしゃくに上乗せされて、かんしゃく回数がさらに増えるだけ。
癇癪はいったん発動されると、本人が疲れ果てるまで終わりません。
何でも禁止はかわいそう過ぎる。だけど私だって対応する心の余裕は、ゼロどころかマイナス値を日々更新するだけ。
この頃はストレスからくる偏頭痛と鬱のような気持ちの浮き沈みがおさまりませんでした。
息子のかんしゃくは抑えられません。
いっとき押さえ込みに成功しても、隙間から空気が漏れるように、1時間後には別な原因でかんしゃくを起こすのですから。
こうなってくると、本人にとって「かんしゃく」は「一種のガス抜きなのかもしれないな」と思うようになりました。
そこで私は変わらない息子を「変えようとする」のではなく、「自分の気持ちのベクトルの方向を変える」しかなさそうだ、と考えるようになりました。

この頃は自分の不器用さ、感情の激しさに息子自身が振り回されていました。あまりにも激しく荒れ狂う様子は、プロの支援員さえ理性を失った対応をとることがありました。それほど息子の激しさは一般的な自閉スペクトラム症児の度を越していました。
溜まったガスは抜き切る
それからは工作が好きな息子には、やりたいときに自由に取り組ませるようにしました。
ただ、不器用さゆえに思い通りにいかず、例外なくかんしゃくが起きるのも日常でした。
そんなとき私は、かんしゃくの勢いに巻き込まれないように気をつけながら、静かに「どうしたかったの?」とだけ尋ねるようにしました。
責めるでもなく、指摘するでもなく、ただ「あなたの話を聞けるよ」と示すための「受容」です。
もっとも、受容したからといって定型発達児のように徐々に落ち着くわけではありません。
息子のかんしゃくは、一度爆発すると最後のガスまで抜き切らないと収まらなかったからです。
「M#1&uE%-っっ!!!」と叫び、物を投げ、まるで取り付く島もない状態。
私は「落ち着いたら教えて?」とだけ言い残し、毎回リビングを出て寝室へ向かっていました。
寝室では、洗濯物を畳んだり、本を整理したり。考えなくてもできる作業を黙々とこなしていました。
泣きながらやっていることも、正直よくありましたね。
好きで工作して、勝手に怒っているんです。こちらもイライラしちゃうし、毎回同じことで泣けてくるし、「もう5年生なのに…」と落ち込むこともしょっちゅう。
それでも、自分の感情をバン!と叩きつけないように我慢する。
この「気持ちを外に出さない修行」は、忍者の訓練に匹敵するほどの辛さでしたね(笑)。
半年かけて育った「理由を言葉にする力」
20分から1時間ほど経つと、ようやく息子が落ち着いて寝室にやってきます。
このパターンを半年ほど繰り返した頃、息子はやっと「こうやりたかったのに…」と理由を話せるようになりました。

そっか、そうしたかったんだね。
でもママもあんな難しい切り方はできないし、パパでも無理だと思うよ。パパも不器用だからね。
最初のページの簡単なバージョンならできるかもしれないなあ。
もちろん手伝えるところは手伝います。
でも息子が挑戦しようとするのは、折り紙作家が教える大人向けの恐竜折り紙など、難易度がとんでもなく高いものばかりでしたね。
自閉スペクトラム症の子どもには、「頭の中のイメージが異常に精密で、年齢を超えた高度さを持つ」という特徴があることが多いと言われています。
一方で、ハサミや折り紙、字を書くといった細かい動作は苦手。
身体の協調性や微細運動が追いつかず、頭の中の完璧なイメージとのズレが「耐え難い誤差」になる。
その結果、かんしゃくにつながってしまうのです。
わが家の「特別教科」
それでも、こういった「頭の中のイメージと現状のズレ」を「我慢」したり、時には無理かな、と「あきらめること」は少しずつ身につけていくしかありません。
私はこれを、わが家独自の「家庭版・特別教科」だと考えるようになりました。
もちろん、親である私自身も同じ教科を学んでいます。
「受容と忍耐」。
毎日少しずつでも、この教科を親子で克服していけたらいい。
学校では教えてくれないけれど、わが家にはわが家の特別教科がある。
今でこそ工作をやってかんしゃくを起こすことはない高校生の息子ですが、レポートの「完全完璧さ」を求めるか、「提出期限厳守」を優先するか。
「7割の完成度でも我慢し」「提出期限を過ぎて単位を落とさないよう」ある程度で「あきらめる」。
そんな風に今でも二人で、「我慢とあきらめ」「そんな息子がイライラして態度に出る様子を受容して、つられてイライラしちゃう自分の忍耐力を強化する」なんていう教科書を一緒にめくっているのです(笑)。
まとめ
当時は、毎日の小さな「我慢」と「あきらめ」の練習が、まるで砂漠に水をまくように思えました。
小学校の頃は本当に毎日が嵐のようで、親だって途中でぷつんと途切れちゃうし、泣きわめくし、ときにはベッドにクッションを投げつけて一人無言癇癪を起こすことだってありました(リロ&スティッチのお姉さんのようですね(笑))。
それでも、その手を放さずに、愛情だけを基盤にして、忍耐強く向き合い続けてきました。
出口の見えない道に思えたあの時間も、振り返ればすべてが今につながる大切な通過点だったんだな、と思います。
気づけば息子は無事高校受験を突破し、気の合う仲間もでき、日々新たなことを学校で学んでいます。
あの頃の大噴火も、あの砂漠のような日々も、きっと必要な季節だったのでしょう。

そんな僕が、今は「化学の力で誰かのためになるようなことができたらいい」と勉強をしています。この体験談も、凹んでいる君や君のご家族の参考になってくれたなら。きっとそれも「意味があったんだ」と思います。
「なんとかなる」は魔法の言葉ではなく、積み重ねた日々の証なんだと、今なら胸を張って言えます。
もし今、同じような嵐の中にいる方がいたら、この怒涛の体験談がどこかで励みになってくれれば嬉しい限りです。
本日も最後までお読みいただいて、ありがとうございました。
