1951-52制作 ジュネーブ美術・歴史博物館 Daniel Varenneギャラリー

405
It might be lonelier
Without the Loneliness -
I’m so accustomed to my Fate -
Perhaps the Other - Peace -
もっとさびしいことではないかしら
孤独というものがなかったら—
わたしはそんな自分の宿命に従うことに慣れてきました
もしかすると他のもの—安らぎが
Would interrupt the Dark -
And crowd the little Room -
Too scant - by Cubits - to contain
The Sacrament - of Him -
闇をさえぎり—
小さな部屋にひしめくでしょう—
そこはあまりにも—容積が足りない
神の秘跡を封じ込むには—

405
It might be lonelier
Without the Loneliness -
I’m so accustomed to my Fate -
Perhaps the Other - Peace -
もっとさびしいことではないかしら
孤独というものがなかったら—
わたしはそんな自分の宿命に従うことに慣れてきました
もしかすると他のもの—安らぎが
Would interrupt the Dark -
And crowd the little Room -
Too scant - by Cubits - to contain
The Sacrament - of Him -
闇をさえぎり—
小さな部屋にひしめくでしょう—
そこはあまりにも—容積が足りない
神の秘跡を封じ込むには—
I am not used to Hope -
It might intrude upon -
Its sweet parade -
blaspheme the place -
Ordained to Suffering -
希望を持つことに慣れないのです—*1
希望は小部屋に侵入し—
甘やかなパレードで—
その場所を冒涜し—
苦しませるよう定められているものです—
It might be easier
To fail - with Land in Sight -
Than gain - My Blue Peninsula -
To perish - of Delight -
もっとたやすいのではないかしら
陸が視界にあるのに—目指す地を過(あやま)つことは—
青い半島をわがものとするより—
満悦のうちに—果てることの方が—*2
*1 エミリーは他の詩において希望を「羽根をつけた生き物」に例えている(亀井俊介編『対訳 ディキンソン詩集―アメリカ詩人選(3)』(岩波文庫))。鳥のイメージを追い求めるコーネルにも通じる。
*2 「青い半島をわがものとして/満悦のうちに果てることよりも」かもしれない。
追記:他の詩では「Drowning is not so pitiful/As the attempt to rise(溺れ死ぬのはさほどみじめなことではありません/浮き上がろうとして果たせないよりも)」とコメントしている。
opus: Joseph Cornell(1903-1972)
text: Emily Elizabeth Dickinson(1830-1886)
今回は歌詞対訳ではないので悪しからず。
なんでも箱に詰めるアーティストとして、アメリカで独特の人気を持つコーネルが、19世紀のアメリカの女流詩人ディキンソンの詩の一編に寄せたオマージュ。同じモチーフの作品がもう一つある。日本のコーネルファンはコーネルを語ってディキンソンを語らないのはけしからん。
ディキンソンは生前は全く無名で、編み物をするように詩を書き、1700編近い詩を残した。
鳥が逃げ出したあとの鳥かごを思わせる「空虚に満ちた箱」は、コーネルの1950年代作品の特徴。
逃げ出した鳥は、精神や魂の比喩ともされる。
It might intrude upon -
Its sweet parade -
blaspheme the place -
Ordained to Suffering -
希望を持つことに慣れないのです—*1
希望は小部屋に侵入し—
甘やかなパレードで—
その場所を冒涜し—
苦しませるよう定められているものです—
It might be easier
To fail - with Land in Sight -
Than gain - My Blue Peninsula -
To perish - of Delight -
もっとたやすいのではないかしら
陸が視界にあるのに—目指す地を過(あやま)つことは—
青い半島をわがものとするより—
満悦のうちに—果てることの方が—*2
*1 エミリーは他の詩において希望を「羽根をつけた生き物」に例えている(亀井俊介編『対訳 ディキンソン詩集―アメリカ詩人選(3)』(岩波文庫))。鳥のイメージを追い求めるコーネルにも通じる。
*2 「青い半島をわがものとして/満悦のうちに果てることよりも」かもしれない。
追記:他の詩では「Drowning is not so pitiful/As the attempt to rise(溺れ死ぬのはさほどみじめなことではありません/浮き上がろうとして果たせないよりも)」とコメントしている。
opus: Joseph Cornell(1903-1972)
text: Emily Elizabeth Dickinson(1830-1886)
今回は歌詞対訳ではないので悪しからず。
なんでも箱に詰めるアーティストとして、アメリカで独特の人気を持つコーネルが、19世紀のアメリカの女流詩人ディキンソンの詩の一編に寄せたオマージュ。同じモチーフの作品がもう一つある。日本のコーネルファンはコーネルを語ってディキンソンを語らないのはけしからん。
ディキンソンは生前は全く無名で、編み物をするように詩を書き、1700編近い詩を残した。
鳥が逃げ出したあとの鳥かごを思わせる「空虚に満ちた箱」は、コーネルの1950年代作品の特徴。
逃げ出した鳥は、精神や魂の比喩ともされる。



