JPOPマイベストリリック(1990年代)|みすゞ を読んで、なかなか推薦文がよかったので、山崎まさよし『One more time,One more chance』(1997)を聞いてみた。聞いたことはあったんだけど、なんかなよなよしたイメージでいままで響いたことがなかったんだよね。いい曲だなぁと3回くらい聞いて、初めは別れた直後の曲なのかと思ったけど、なんかけっこう長い間引きずってる感じがするな…なんか気持ち悪くなってきたぞ…?となってWikipediaで『秒速5センチメートル』の主題歌になってたと読んで、あ、新海誠の気持ち悪さそのものか…となって閉じました。
新海誠さんの作品はよく気持ち悪いと言われます、私は見てても気持ち悪いとは思わず... - Yahoo!知恵袋 まあ、基本的に石田衣良さんの見立てに近くて、でも、まあそれを生身の人間がいる人に言うのは yet another 気持ち悪さがあるなぁ(別に気持ち悪いということが悪いのではなく、そういうプライベートなことをゲスパーしたような言い方で気持ち悪いと言うことがよろしくないよね)と思う。知恵袋の回答者は「バカという方がバカ」みたいな小学生的なロジックなのでどうしようもないのだけれど、ずっと未成年の両思いの恋を引きずっていることを美化すること自体が気持ち悪い。よく、名前をつけて保存 vs 上書き保存って言われるように、基本的に相手は少なくとも感情的には忘れていると思うんだけど、思い出だけではなく引きずってること自体も美化することはもうストーカースレスレの気持ち悪さがある。
まあ、じゃあ、それを気持ち悪いという側は多くの恋愛でスレだだけじゃないのと言われれば、そこは平行線の対立かもしれない。
一途な思いの強さと喪失を表現するのに、気持ち悪くならないようにするには、まず、わがままを許していたという恩着せをやめて、次あったら全てを捧げられるというメンヘラをやめて、せめて相手の過去の厳しい言葉を一つでも引いてみせて、再会したところで「続き」にはならないことを認識してみせればいいんじゃないかな。
スレた側の気持ち悪さは、ずっと好きな人がいるだろう「名曲」に対して2時間だけ好きでしたと言ってのけるようなチャラさと精神的童貞の見下しとそれをブログに書いちゃう性格の悪さ、そして、それを確信犯でやってしまう感じなんだろう。