初日の出を拝もうとウェザーニュースを見るも予報は曇りであり
確実に見るには茨城北部か静岡中部までいかないと無理そうである。
tenki.jpでは1月1日の午前中まで天気が持つことになっている。
毎年こういうのが用意されているので、
来年見に行こうという方は参考にするとよいかもしれない。
昨年は喪中で初日の出の撮影も控えたが、
今年は年越し野宿を再開しよう。
ということで、始発列車に乗り勝浦へ。
駅には雛人形が飾られていた。
pixel7a 5.43mm SS1/183.62 F1.89 ISO43
お内裏様とお雛様
五人囃子
右大臣左大臣
仕丁
…左は将門、右は純友です(嘘)
しかしお内裏様が複数いたらいろいろまずいだろ…
お内裏様が左にいるのが関西風
右にいるのが関東風で、
本来身分の高い方が左なのだが、
関東風は右になっているという。
勝浦というと雛人形で有名だが、
歴史は古くなく、2001年に、徳島県勝浦町より勝浦つながりで
7000体の雛人形を譲り受けたことがはじまりという。
今では3万体にもなり、雛祭りのシーズンには町の各所に、ボランティアが、朝にひな人形を並べ、夜や雨が降りそうになると撤収することを続けている。
雛人形は寄付により集まったものである。
このご時世、日本人形屋さんのステマではないことに救いを感じる。
徳島というとかつては阿波の国であり、
房総半島南端の安房の国と関りが深い。
阿波の国から移住してきた忌部氏の一族が、同じ読みの安房と名付け、
麻などを伝えたとされている。
勝浦は上総だけどな。
江戸時代は上総勝浦藩という藩が置かれ、当初植村氏が領したが、
植村氏改易後、大岡忠光が入る。
この人は大岡越前のいとこであり、
言語が不明瞭だった徳川家重の言葉を唯一理解できたため、
側用人として権勢をふるい、最終的に岩槻2万石となった。
勝浦は岩槻藩の飛び地となり、幕末を迎えることとなる。
岩槻というと岩槻人形で有名な日本有数の人形の町である。
…くっ…やはりステマであったか…?
