早いもので今年も12月31日である。
写真のネタは相変わらず11月30日だがこれで最後。
pixel7a 5.43mm SS1/899.28 F1.89 ISO42
今日は除夜の鐘がつかれるのだろうか。
実は母を連れていたのでライトアップまで待たずに帰った。
途中からSD1 Merrillではなく、ほぼスマホの写真になってしまったのは、
母を連れていたからである。
やはり写真を極めんとする修行者は
犀の角のようにただ独り歩まなければならないようである。
「犀の角のようにただ独り歩め」これは最古の経典と呼ばれる
スッタニパータの言葉である。
現在の知見をもってすれば、
釈迦の時代の仏教とはどういうものだったかを理解することができる。
また、まず前提としてバラモン教があり、そこから派生したものといってよい。
バラモン教から仏教、ジャイナ教、ヒンドゥー教が派生している。
そもそも宗教や哲学はなぜできたかというと、
我々はなぜ死ぬのか。
死んだらどこに行くのか…というところから来ている。
キリスト教は原罪を背負ったことにより死ぬことになっており、
世界の終わりに最後の審判が開かれ、
敬虔な信者は永遠の命を与えられるとされている。
仏教はあらゆるものが死ぬ定めであるが、
死んだら輪廻転生し、最終的に仏に至ることになっている。
西洋は一直線だが、
東洋は大晦日で死に正月に生まれ変わりリセットされる、
1年でリセットされなくても12支で…つまり12年でリセットされる。
これは2011年の原発事故が2023年には忘れ去られ
原発推進に舵を切ったことと無関係ではない。
また、12年でリセットされないものは60年でリセットされる。
これは干支が60年で一巡するからである。
一方で今年は戦後80年の節目と言われたが
80年が節目の根拠がよくわからない。
調べると歴史学者が80年周期説というのを唱えているらしい。
まあ…財務状態と、物価高は同じような感じかもしれない。
しかし、現状はむしろ100年前に酷似しているような気がしてならない。
治安維持法が公布されたのが1925年の4月22日。
満州事変が勃発するのはそれから11年後の1931年9月18日である。
剣呑なことだ。
