仏教において釈迦の入滅より千年は釈迦の説いた正しい法が伝わるとされる。
その後、千年は教えは乱れるものの近い法が伝わるとされ、
それ以降、一万年にわたり法が継承されない末法の時代が続くとされている。
釈迦の入滅は紀元前486年であり、
514年に正法の時代は終わり、1514年に末法の時代に突入したことになる。
インドにおいては釈迦の入滅後500年もしないうちに大乗仏教が登場し、
その後、龍樹が中観派を立て、弥勒が瑜伽行唯識学派を立て興隆する。
この辺りが514年くらいである。
1514年というとバブールがムガル帝国を起こすころであり、
バブールはティムールの子孫なのでイスラム教であり、
このころにはほぼインドの仏教は壊滅していた。
中国では514年ごろは三武一宗の法難の最中であり、
1514年のころは明が北虜南倭で滅亡に向かっていた。
明の初代皇帝朱元璋は食うに困り一時僧だったことがあるが
黒歴史であったらしい。
日本では仏教伝来が538年とされていてすでに正法は終わっていた。
1514年ごろは戦国時代で一向一揆が全盛であった。まさに末法…
加賀一向一揆が富樫政親を滅ぼしたのが1488年、山科本願寺焼き討ちが1532年、
天文法華の乱が1536年、延暦寺焼き討ちが1571年である。
今では結婚するは、子が寺を世襲するはで、他国の僧侶が見るとビビるらしい。
かつては釈迦の入滅はもっと前と考えられており、
鎌倉新仏教が続々と誕生したのは末法に突入したと考えられたからである。
その中でトップを切って登場したのが浄土宗である。
浄土宗は末法に突入したのでこの世界では自力で悟りの境地にはたどり着けない。
かくなる上は阿弥陀如来におすがりして
浄土宗においても本来は極楽浄土に往生するのが目的ではない。
極楽浄土に転生し、成仏を目指すのが目的である。
さて東漸寺は浄土宗なのだが、法華宗の本土寺同様仁王門がある。
阿弥陀信仰でも仁王はいるのか…と妙なところで感心してしまった。
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