昨日大見得を切ったが、
この寺…三脚禁止である…
つまり最初から丁寧に撮影しようがない。
…昨今、高感度性能やノイズリダクションの向上で
三脚はどんどん使われなくなり、
三脚禁止の撮影地も増えてきている。
Foveonで写真修行しようと言うのなら、
有名な観光地は避けるべきなのかもしれない。
SIGMA SD1 Merrill+APO 50-150mm F2.8 EX DC OS HSM(150mm) SS1/320 F2.8 ISO100
さて本土寺の見どころは多いが、
赤い渡し廊下の前後に紅葉が美しい場所があったので1枚。
門前に産直の漬物屋さんがあり、
数人のお坊さんが話をしていて、
コロナの影響はまだ続いているらしい。
いや小生が思うに、この周辺、駐車場があまりないのがネックなのではなかろうか…
いつも紅葉のシーズンは駐車場が満車になり、自動車がうろうろしてるし…
この寺に行くときは電車を利用しよう。
先々代の館長がやり手で五重塔を建てたころが頃がピークだったとも話していた。
この寺の五重塔は1991年に建立され
インドのネルー首相から贈られた真仏舎利が安置されているという。
事実だとすると2500年程前に荼毘に付された釈迦の遺骨の一部である。
日本の火葬と言う風習は仏教から来たもので、
主流になったのは明治以降。それまでは土葬が主流であった。
仏教は二度と転生しないための宗教であり、
釈迦のように成仏すれば世界と一体となり、
二度と現世に生まれ苦しみを味わうことは無い。
キリスト教の如く復活する依り代として死体が必要と言うことは無い。
キリストは死後復活したことになっているが、
ロンギヌスの槍で貫かれた後、直ちに荼毘に付されたら、
さすがのキリストも復活できなかったのではないか。
ゆえに切支丹は死体損壊をおそれる。
日本において切支丹が火刑に処されたのは恐怖以外の何物でもなかったであろう。
神道においても実は
生きて戻っている。
なおイザナミは黄泉の国でゾンビ化していた。
神道では神も生まれて死に、肉体は死後腐敗するのである。
まぁ自分たちの先祖を氏神として祀っているので当然と言えば当然だが。
