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落合の水

5月3日、ゴールデンウィーク後半の初日、

始発列車に乗り伊豆に向かう。

東海道線で熱海乗り換えで、伊豆急直通の下田行きに乗り換え、

稲梓と言う駅で降りる。

このコースを歩くのは4度目かな…

20250602213502

pixel7a 5.43mm SS1/189 F1.89 ISO699

 

駅から河津下田線に出て海に向かう。

集落は反対側…線路を越えた先にあるようで、

このあたりには深根城の跡がある。

 

1491年堀越公方足利政知が死去する…

 

足利尊氏室町幕府をつくったとき、

南北朝観応の擾乱が継続中であり、

しばしば、京や鎌倉を失陥する事態が起きた。

京には概ね尊氏がいたが、

鎌倉には信頼できる一族を置いており、

弟の直義、三男の義詮、四男の基氏が詰めていた。

 

南北朝が合一した後も鎌倉公方は独立性が高く、しばしば反抗したので

6代将軍義教により4代鎌倉公方持氏が滅ぼされる。

しかし、義教が暗殺されると、持氏の遺児、成氏が鎌倉公方に就任する。

やがて成氏は関東管領上杉氏と対立し古河に移る。

8代将軍義政は異母兄の政知を新たな鎌倉公方として送り込むも、

京で応仁の乱が勃発し、

鎌倉に入れず、伊豆の堀越に御所を構えていたのである。

 

…死去に伴い跡目争いが起るのだが

それに介入したの伊勢盛時北条早雲である。

 

二代目堀越公方足利茶々丸は抵抗を続けるが、

1498年深根城で自害し、この地に墓所があるという。(異説あり)

 

なお足利政知の子で茶々丸の異母弟にあたる足利義澄

魔法半将軍細川政元に擁立されて第11代将軍に就任している。

 

このあたりに伊豆縦貫道の北下田ICが建設予定であり、

近い将来、この墓所も消えていくと思われる。

 

いや、何度か来てるわりには1度も訪れてないんですけどね。

 

さて河津下田線を少し歩くと落合の水と言う名水が湧いている。

災害が発生した時、インフラが寸断するおそれがあり、

水の手の確保が重要になる。

地元の湧き水は何か所か知っているが、

都市化の影響で飲めるものではなくなっている。

飲める水が湧いているというと言うのは環境の指標でもある。

この水もまた北下田ICができて、飲めるレベルをキープできるのか…

 

ここで水を汲みながら持参したサンドイッチを食べる。

 

海に出るにはここから峠を越える必要がある。

 

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