茅場町のさくら並木は夜にばかり撮影しているが
昼間だとこんな感じ。
夜だけでなく昼間から路上駐車は多い。
確かに都市部はタクシーの需要も多いが、
走り続けるにはガソリン代が高く、
駐車するにも駐車料金が高い
必然的に路上駐車と言うことになり、ビジネスモデルとして無理がある。
pixel7a 5.43mm SS1/755.86 F1.89 ISO41
いつも夜に撮影している場所はここよりさらに1ブロック先の
平成通りを越えたあたりである。
後ろは昭和通りで断絶するが、
さらに桜並木が続いており、
一方この道をひたすら直進すると隅田川に達する。
さて小生は戦後史の研究をライフワークにしている。
我々はどのように奇跡の復興を成し遂げ、
またなぜ失われた30年にあえいでいるのか。
様々な資料をあさっているのだが
なかなかおもしろそうな小説があった。
昭和の女帝である。
1ページ目が目次になっていて人物相関が出ている。
ネタばれになってしまうかもしれないが変名されている人名を復元すると以下になる。
真木甚八=辻嘉六
鬼頭紘太=児玉誉士夫
真木レイ子=辻トシ子
粕谷英雄=益谷秀次
加山鋭達=田中角栄
小林亜紀=佐藤昭子
藤本久人=藤井裕久
これを踏まえたうえで読んでみるとおもしろいかもしれない。
作中、真木レイ子は大蔵省のタニマチと言われ
支援者として宏池会の政治家が並ぶ。
言うまでもなく宏池会をつくった池田隼人は元大蔵官僚であり、
貧乏人は麦を食えと言ったことで知られる。
しかし大平は角栄の盟友と言われていたはず…
一方で不自然なほど清和会が登場しない。
清和会をつくったのは福田赳夫で、元大蔵官僚である。
彼は佐藤派で、同じ佐藤派の角福戦争に敗れ
岸派に合流する。
清和会であった。
これは児玉の死後竹中平蔵がその役目を担っているからかもしれない。
彼は日本船舶振興会と関係があり、
このあたりを語ると無限に終わらないのでここで終わるが、
昭和の女帝が健在であったなら、
能登半島を放置はなかったかもしれない。
辻トシ子は2020年、102歳で亡くなっている。
(なおパートナーとされている衆議院議長益谷秀次は能登出身の議員である)
…そういえば衆議院議長秘書の黒幕をもう一人知っているがその話はまた今度。

