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夕焼けといちょうのライトアップ

日本庭園を出て、みんなの原っぱで休憩。

すでにかなり影が伸びている。

小生は、撮影の際テントマットを持っていって、

横になれるようにしている。

思えば1日歩き詰めであった…

ふと気がつくと、日が当たる場所に敷いたはずのマットが影になっている。

寒い。

装備がやや不十分だったようだ。

売店には長蛇の列ができていたが

なんとかあたたかいもつ煮にありつき一息つく。

かたらいのいちょう並木は一方通行になると言うことで

ぞろぞろとそちらに向かっている。

20241213221205

pixel7a 5.43mm SS1/50.01 F1.89 ISO110

 

まだ明るかったがライトアップははじまっていた。

 

昨年は一方通行はなかったので、完全に交通渋滞していたが、

今年は比較的スムーズに進んでいた。

三脚も禁止だが、顔が写りにくいと言うメリットはある。

 

高校の国語教育に関する補足

高校の学習指導要領は2016年安倍政権により改訂されたのだが、

現代の国語を必修とし、

論理国語、文学国語、国語表現、古典探究が選択となっている。

この結果、小説やら詩やらは文学国語でやれと言うことになり、

かつて高校生であれば必ず通った道である山月記

文学国語をとらなければ回避できるようになった。

 

学習指導要領がこのように改定されたのは

安倍政権による、理系偏重のためである。

文学的素養や表現よりも、

論理的な思考や記述の方が理系にとっては重要である…と言うことのようだ。

 

おかげで岸田秀の「恐怖とは. 何か」と言う論説文が

教科書に掲載されるようになったが、

彼が「新しい歴史教科書をつくる会」の賛同者であることと

無関係ではないかもしれない。

もっとも、彼の説は、

歴史とは個人個人も持っている

自己正当化のための物語であり、

自己正当化のための物語である以上、

立場や時代に合わせて改変されるのは当然であり。

むしろ、GHQ史観を強制される方が不自然である。

と言うものである。

 

芥川龍之介の藪の中は各人の物語の存在が顕著に表れている。

各人の自分の中の物語が違うので証言に食い違いがあらわれるのである。

換言すれば、この世に存在するのは主観的な真実のみであり、

客観的な事実は人間には知覚できない。

これを理解していないと、フェイクニュースプロパガンダに騙されやすくなる。

 

さて、岸田秀であるが、彼は精神分析と自称しているが、

ドイツでできた精神分析は徒弟制度的なところがあり、

教育分析と言うイニシエーションが必須になっている。

岸田はあくまで自己流でであり、厳密には精神分析と言えない。

小生は彼を構造主義者であり、二項対立の達人であると評価している。

 




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