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秋の黄昏のハートマーク

ヤマトシジミはもっともふつうにみられる蝶のひとつである。

この蝶の幼虫の食草はカタバミ

カタバミさえあればどこにでも繁殖しうる。

20241105000530

PENTAX KP + smc D FA MACRO 100mmF2.8 WR SS1/250 F8 ISO200

 

このような普通種が登場すること自体ネタ切れであるw

 

題名の秋の黄昏の…はドラゴンランス戦記1巻のサブタイトル

秋の黄昏の竜(Dragons of Autumn Twilight)から。

ドラゴンランス戦記はアメリカのペーパーバックスだが

学生のころマーガレット・ワイスとトレーシー・ヒックマンの小説が好きで

特に「熱砂の大陸」の世界観が好きだった。

日本人にとって神とは敬して遠ざく存在だが

切支丹にとって神とはかくまで身近なものでありしか。

当時未熟ながらそのように考えていた。

 

日本人の宗教は神ではなく、教祖であるとか、人に起因する。

ゆえに親鸞であったり日蓮であったり

池田大作先生であったりマザームーンwだったりするのだが、

一方でキリスト教社会においてはキリストは別格であるにせよ、

ローマ法王さえも信者の代表に過ぎず

信仰は神へとダイレクトに繋がっている。

西洋社会は、神との契約としての法であり、神の下での平等であった。

法治思想であれ、平等思想であれ、共産主義であれ、

全てキリスト教が前提として存在する。

共産主義者は神を否定するが、

それは生まれながらに平等を与えない神に絶望した結果と言えるものだ。

 

我が国はキリスト教の下地はないが

文明開化を輸入するにあたり、

神の役割を畏れ多くも畏くも天皇陛下に割り当てた。

しかし戦後、なんと神は役割を放棄して一方的に人間になってしまい、

我々は前提が消失したまま近代を生きている。

皮肉にもその国がかつては1億総中流と言われ、

もっとも成功した社会主義国と言われたこともあった。

冷戦が終結するまでは。

 

ワイスとヒックマンに戻ると、

「冥界の門(The Death Gate Cycle)」が途中で翻訳が止まったのが残念である。

逃げろ、ばか者ども!で終わったかと記憶していたのだが、

ラザロのジョナサンの話が最後だったか…

 

ドラゴンランスシリーズはいわゆるファンタジー小説の古典で

最古のRPGと言われるダンジョンズ&ドラゴンズから派生した

アドバンスドダンジョンズ&ドラゴンズのゲーム小説でもあった。

国内でいうとソードワールドロードス島戦記の関係といえる。

永らく絶版していたが今ではkindleで読めるようだ。

しかし、小生は本は紙で読みたい派なのだが、

もはやそういうのは少数派なのだろうか。

 

 




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