2022年11月10日に発見していた電力プレート、2025年10月2日、約3年ぶりに訪れたが、うれしいことに現存していてくれていた。

上のプレートは劣化しているか、画像がぼけているかで、はっきりと認識できないが、自分には分かる。
東京放送局の聴取無線電話プレートだ。
探索中たまに見かけるようになったが、これも貴重な物。
下は『東京電燈』時代の電力プレート

上部に社章、中央に数字、下部に町名。
記事にしていなかったということは、2022年当時は、何のプレートかわかっていなかったと思う。
群馬県や東京都では発見しているが、埼玉県では自分ではたぶん初のもの(川越市に現存しているらしいことは確認できている)。
一番下に右書きで書かれている"本住町"は現存している町名だ。
"本住町"に東京電燈の営業所があったのか?
下記の記事で後に東京電燈に合併される高崎水力電気株式会社の供給区域が"深谷"を含んでいることを書いていた。
現在、"本住町"に東京電力の営業所があるのか調べてみたがなかった。
深谷市にある東京電力の営業所は、東京電力パワーグリッド(株)熊谷支社深谷事務所で"上野台"にあるようだ。
"本住町"には東京電力の営業所ではないが、埼玉石炭(株)という燃料店の会社がある。
何か関係があったような感じはするが、関連性は不明だ。
高崎水力電気株式会社のことを調べていると、日本煉瓦製造株式会社の旧煉瓦製造施設のことが出てきた。
しかし、現在、ホフマン輪窯・旧事務所(煉瓦史料館)・旧変電室の公開・見学は保存修理工事のため、令和7年5月26日より休止になっている。公開予定は令和9年とのこと。
ザンネン。
そこにある説明板に下記のことが書かれているそう。
日本煉瓦製造株式会社旧煉瓦製造施設 旧変電室
重要文化財(建造物) 平成9年5月29日指定
明治39年頃の建造と言われている。室内には変電施設が設置されていた。
日露戦争後の好景気による建築・土木事業の拡大がもたらした煉瓦需要の増加に応対するため、日本煉瓦製造株式会社は、設備投資の一環として電力の導入を開始した。諸産業への電力利用の普及もあり、従来より使用していた蒸気式原動機の電動機への転換に踏み切ったのである。
明治39年8月、会社は高崎水力電気株式会社と契約を締結、電灯線を架設し、電動機を導入した。当時の深谷町に電灯が導入される1年前のことであり、先端技術を積極的に導入しようとする会社の姿勢をうかがうことができる。
その設備自体はすでに失われているが、この建物だけが建造当時の外観をとどめている。当時の煉瓦業界の隆盛を物語る貴重な建物である。
埼玉県教育委員会
営業所が"本住町"にあったかどうかはわからなかったが、高崎水力電気株式会社との関連が少しわかっただけでも嬉しい。