旧大里町を探索中、道沿いに立っているレトロな建物が目に入った。
所在地 埼玉県熊谷市相上
撮影日 2025年8月28日
今はごみ置き場になっているが、元々は何だったんだろう?

上部

中央

大里町の町章の下に第六分団と右書きで書かれていた。
これで戦前からあるものらしいことが分かる。
両脇の柱の上部には、交差させた斧をこぶしで握ったような形をしたレリーフがあった。

左側面

右下に見えるのは、吉見村道路元標。
背面

窓の下にプレートがあった。

これを解読した方はいないようなので、Googleレンズを頼る。
何回かやってみた。
・画像は、古い石碑や石板に刻まれた文字を示しています。これは、歴史的な出来事や記念碑的な情報を記録するために使用された可能性があります。文字は判読が難しい部分もありますが、古代の中国語または日本の漢字であると考えられます。
・文字の一部は判読できますが、全体として内容を把握するには、専門家による詳細な分析が必要です。
・画像は、古い石碑や石板に刻まれた文字の一部を示しています。風化が進んでいますが、漢字が読み取れます。これは歴史的な記録や記念碑の一部である可能性が高いです。
やる度に違う。
仕方ない。
自分で解読を試みよう。
此銕塔者本村消防組協同
計畫而於各部亦既所建造
也乃以昭和十年四月起工
至六月竣工寶可謂永遠不
朽之事業矣記以傳干後云
吉見村第二部消防組
旧字体もあり、合っていないと思われる文字もありそうだ。
Micosoft Copilotに現代語訳してもらった。
この鉄塔は、当村の消防団が協力して計画し、各部門の協力のもとに建設されたものである。昭和10年(1935年)4月に着工し、同年6月に完成した。これはまさに永遠に朽ちることのない偉業であり、後世に伝えるために記録するものである。
凄いね、AI。
意味が分かる。
更に歩を進めると、同じような建物がもうひとつあった。
②所在地 埼玉県熊谷市冑山(かぶとやま)
撮影日 2025年8月28日
正面

こちらはゴミ置き場になっていなかった。
紋章と第〇部の文字が消されている。

右側面

昭和十年六月竣工
背面

カマキリが歩いていた。
草ぼうぼうではっきりと確認できず。
大里町にあった火の見やぐらのことを調べていると、もう1基あることがわかった。事前にわかっていたら、近くを通っていたので、再訪する必要がなかったのだが、埼玉県でも有数の長い橋(大芦橋 1016m 全国ランキング43位 埼玉県6位)を今度は往復しなければいけなくなってしまった。
③所在地 埼玉県熊谷市玉作
撮影日 2025年9月1日

こちらはゴミ置き場を増設したようになっていた。
上部


紋章と第二部の文字が確認できる。
右側面

左側面

木製電柱が付随していた。
プレート

全然読めない。
裏側


昭和十年五月竣工
2012年のストリートビューを見ると上に火の見やぐらが立っていた。

①②③を並べてみよう。
① ② ③



②と③は第〇部となっていたが、①のものは第六分団と書かれていた。違いがあるのだろうか?
竣工日は、①昭和十年六月②昭和十年六月③昭和十年五月となっていて、ほとんど同時期に建てられたものだった。何分団まであるのかわからないが、現存しているのはこれだけのようだ。
こちらは第四分団のもので、下に建物がなく、単独で立っていた。
ストリートビューの画像のものと似ている。


古くから残っている火の見やぐらを探すのも楽しいかも。