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清水池公園に東京市時代に書かれたものがあった。 in 東京都目黒区

2025年1月2日、目黒区を探索中に清水池公園に立ち寄る。



清水池公園沿革

本園は武蔵野の湧水地にして舊碑衾町字池上部落の共有に係り古来辨天池と唱へ亦附近耕地の灌漑用水に利用せられたるを以て溜井とも稱し地名の起原を爲せり
昭和七年十月市域擴張の際擧げて公園地となし本市に寄附せられ 更に同九年一月角田長雄氏より隣接地若干の寄附を受領したり 茲に本園の竣成に當り地元各位の芳志を永久に傳へんとす

昭和十年十二月
東京市

※舊:旧の旧字

※茲:ここ

清水池公園

目黒区本町2-12-10

清水池公園の全体の約3割を占めている清水池は、以前は湧き水が豊富な池でした。よって碑文谷池とともに立会川の水源であり、かつては碑文谷村共有の水田灌漑用の貯水池としても大切な役割を果たしていました。
昭和7年、公園地としての永久保存を条件にこの地は東京市に寄附され、ここに清水池公園が誕生しました。目黒区には昭和25年に移管され今日に至っています。現在、清水池にはヘラブナが放流されて区内唯一の釣りのできる池として、区民はもとより区外の人々にも親しまれ、また釣り愛好家グループの活動により順調な運営が図られています。
公園西側には弁財天の祠がありますが、由来記によればこの地に守護神がいなかったことから、江戸時代初期に弁財天を祀って守護神にしたといわれています。

平成19年11月

目黒区教育委員会

清水池公園弁財天由来記

本祠は旧碑文谷村字池ノ上部落の鎮守にして耕地灌漑水源の守護神たり。寛文年中五穀豊穣子孫長久祈願の為め衾村常円寺日庸上人の創建するところ伝ふ。社地は古く池中の浮島に存りしが、維新の際故ありて東南の池畔に移し、後更に現地に遷せり。堂宇はもと芝赤羽有馬候邸内にありしを請受けて移せるものなり。昭和七年十月市域拡張に際し当地を公園として東京市に寄附し祠堂亦その管理に移れり。ここに開園に臨み旧氏子一同祠畔に碑を建て以てその来由を記すと云う爾。                    昭和十年十二月

撮影場所 東京都目黒区目黒本町二丁目12番10号




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