2年前、下記の記事で、「国登録有形文化財 松ケ丘一号型街路灯」を確認しに行くと書いていたが、すっかり忘れていた。
久しぶりに、流山市のことを調べていたら、偶然、上の自分の記事がヒットして思い出した。
流山市のホームページ
(https://www.city.nagareyama.chiba.jp/tourism/1013087/1013089/1018235.html)
では、2019年(平成30年)3月現在、8基確認できると書かれている。
ネットで調べた限り、8基の現存を確認した記事を書いた方はいないようだ。それならば、自分がチャレンジするしかない!
思い立ったら吉日、2025年8月14日、最高気温32℃台、猛暑日ではないが、太陽が照り付ける中、時間が許す限り、松ケ丘1~5丁目を歩き回って探してみることにした。
南柏駅から探索を開始する。
回り道をしてしまったので、最初に出会ったものではないが、まずメインのスーパースターから見ていただこう。
①陽廣院

電灯部分

支柱上部

支柱中間部

支柱下部

製造会社名銘のある鉄製の蓋

東京新宿 富士コンクリート株式会社
説明板

松ヶ丘第一号街路燈
この街灯は昭和三十三年東葛飾郡流山町大字向小金新田字丹後(昭和三十六年より松ヶ丘と改名)に本格的街路灯として初めて設置されたものです。
当時は現在とは違い、街は暗く道路も舗装が整備されておらず、また深い松林に覆われ治安も悪く、夜の街の人々の足元は大変危険でした。
そこで当時の街の組合の方々(現在の自治会)が、人々の安全を守る為、この街灯を設置しました。
時代は流れ、技術の進歩により次第に街灯も新しく明るいものへと取り換えられて行きました。
大正時代から昭和初期にかけて流行ったモダンなデザインも大変魅了されるものです。
松ヶ丘の歴史遺構として後の時代に伝えるため、ここに保存するものであります。
平成二十五年一月
松ヶ丘自治会

説明板

松ケ丘一号型街路灯
国登録有形文化財第一二-○二二六号
松ケ丘の住宅団地は、昭和三十一(一九五六)年から第一期の入居募集が開始された。開発当初、住宅地の周辺は森に囲まれており、現在のような街路灯もなかった。このため、 自治会の前身である組合が、団地内の防犯対策として建設したのが、一号型街路灯である。昭和三十一、二年頃に計二十基以上が設置されていたが、電柱に防犯灯が設置されるようになると、次第にその存在は忘れられてしまった。
街路灯は、コンクリート製で高さ四・四m、西洋風建築の柱を模しており、頂部に球形電灯がある。柱には、製造会社名銘のある鉄製の蓋があり、それを上げると電球のスイッチがある。
設置から五十年以上の歳月がたち、現在八基を確認できるが、当初の形状が完全な形で残っているのは平成二十五年に陽廣院に移築された一基のみである。昭和三十年度以降、流山市内では各所で大規模な住宅団地開発が行われてきたが、その中で開発当初に造られたものは、ほとんど残されていない。松ケ丘一号型街路灯は貴重な構築物として後世に伝えていきたい文化財である。
平成三十年三月
電球のスイッチを確認するのを忘れてしまった。
これが"国登録有形文化財"になるのか。たまに街角で見かけるものと同じような形をしているような気がする。それらの中にも当初からの形が残っていると思われるものもある。
ここからは仲間たちを紹介する。見つけたものの中に上で紹介した「松ケ丘一号型街路灯」(タイプA)と違うタイプのもの(タイプB)がいくつかあった。これらも8基の中に入っているのかわからないが、合わせて見ていただこう。
タイプA
②


③




④




タイプB 4基
⑤



東京立川 東洋コンクリートK.K.

⑥



東洋コンクリート工業株式会社

東洋コンクリートだが⑤と異なっていた。
⑦

上部

何か埋めた跡があった。

プレートは壊れていた。


木製電柱が1基だけ残っていた。
⑧




プレートに書かれている文字は確認できず。
設置場所
赤 タイプA 3基
緑 タイプB 4基
青 木製 1基


全部松ケ丘2丁目にあった。
見つけたのは、木製のもの合わせて合計8基となるが、コンクリート製の街路灯を1基見つけることはできなかった。
消滅してしまったのか、それとも見落としており、松ケ丘2丁目かそれ以外のどこかにまだあったのか。
ストリートビューで松ケ丘2丁目を探してみたが、確認することはできなかった。