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旧町名「神奈川県横浜市港北区日吉町」&旧番地「神奈川県横浜市港北区日吉本町」

日吉(ひよし)は、神奈川県横浜市港北区の町名。住所表記上の「日吉」以外に、日吉本町箕輪町・下田町も一般に「日吉」と呼ばれる。

旧町名

日吉町

発見日  2020年11月19日

発見場所 神奈川県横浜市港北区日吉



旧番地

発見日  2020年11月19日

発見場所 神奈川県横浜市港北区日吉本町

箕輪町

発見日  2020年11月19日

発見場所 神奈川県横浜市港北区箕輪町



歴史

1889年(明治22年
市町村制施行に伴う町村合併で、神奈川県橘樹郡のうち、駒林村・駒ケ橋村・箕輪村・矢上村・南加瀬村・小倉村・鹿島田村が合併して、日吉村が成立。

1937年
分村合併が実施される。
矢上・駒林・駒ケ橋・箕輪・南加瀬の5大字を廃して、日吉町(大字矢上及び南加瀬)・日吉本町(大字駒林)・下田町(大字駒ケ橋)・箕輪町(大字箕輪)の四町を置いた。

1977年(昭和52年)から1989年(平成元年)
住居表示が実施され、4町の代わりに日吉一 - 七丁目、日吉本町一 - 六丁目、下田町一 - 六丁目、箕輪町一 - 三丁目の計22町が設置された。

日吉
日吉一丁目 - 日吉町字谷戸(俗に「常盤台」)の全域および字耕地の一部
日吉二丁目 - 日吉町字上ノ町(俗に「台」)・耕地・仲ノ谷・一本松・根搦の各一部
日吉三丁目 - 日吉町字仲ノ町の全域および上ノ町・仲ノ谷・大門・下ノ町・三軒家の各一部
日吉四丁目 - 日吉町字中ノ原・上ノ原の全域および仲ノ谷・一本松・大門・下ノ町・宮前・宮ノ台・欠山の各一部
日吉五丁目 - 日吉町字三軒家・宮前・宮ノ台・欠山耕地(俗に「宮前西町」)・欠山・越路(南加瀬)の各一部
日吉六丁目 - 日吉町字袋河岸(俗に「袋」)・窪新田(または久保新田)・榎戸・新田(南加瀬)・新川向(元鶴見区駒岡町)の各一部
日吉七丁目 - 日吉町字袋河岸・窪新田(または久保新田)・欠山耕地・欠山の各一部
日吉本町
日吉本町一丁目 - 日吉本町字北原・東原・清水の全域
日吉本町二丁目 - 日吉本町字中原・堂中の全域および字東根・中村前・鯛ケ崎の各一部
日吉本町三丁目 - 日吉本町字殿袋の全域および字内田・中橋・前耕地・鯛ケ崎の各一部
日吉本町四丁目 - 日吉本町船橋・沖野・居家操の全域および内田・中橋・前耕地の各一部
日吉本町五丁目 - 日吉本町字池ノ下・檜入の全域および字鯛ケ崎・大谷戸の各一部
日吉本町六丁目 - 日吉本町字西根・西原の全域および字中村前・東根・大谷戸の各一部
下田町
下田町一丁目 - 下田町字大下・中町・一本松の各一部
下田町二丁目 - 下田町字大下・北原・中町の各一部
下田町三丁目 - 下田町字中駒の全域および字北原・杉並・西ノ前の各一部
下田町四丁目 - 下田町字一本松・杉並・西ノ前・南原の各一部
下田町五丁目 - 下田町字南原・カサの各一部
下田町六丁目 - 下田町字屋ケ増(八ケ舛とも。俗に「下田上町」)の全域および字カサの一部
箕輪町
箕輪町一丁目 - 箕輪町字諏訪下((梅ケ枝)谷戸・上形・向方)の一部
箕輪町二丁目 - 箕輪町字樋下の全域および舟下の一部
箕輪町三丁目 - 箕輪町字諏訪下(根方・(夕日山)洞谷)・舟下(竹ノ花)の各一部

由来

現在の横浜市港北区日吉本町2丁目にある金蔵寺の裏にあった日吉権現に因んで名づけられたといわれている。

日吉町は日吉村に由来した町名(日吉村役場が大字矢上に所在した)であるが、日吉本町はその「日吉」の名のルーツである金蔵寺が所在するため「本町」を名乗った。下田町は駒ケ橋に存在した下田地蔵尊曹洞宗真福寺)に由来。箕輪町は大字箕輪(「箕輪」の由来は諸説あり、現在も明確になっていない)に由来する。




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