2024年7月1日、練馬小学校付近を探索していると、路地の奥に石柱が見えた。

何だろう?
水たまりに気を付けながら歩く。
曲がり角近くにくると、前から自転車が2台続けてきた。
ヒヤッとしたが、幸いなことに、正面衝突することはなかった。
それぞれに「ごめんなさい。」と言われる。
こんなところから人が出てくるとは思っていなかったのだろう。
自分もまさか自転車が来るとは思ってもいなかった。
路地、路地裏が大好きな自分への忠告。
見えない曲がり角は気を付けよう。
気を取り直して、通りに出る。
見えた石柱は、小学校の校門だった。


大理石、御影石?
大きくて立派、歴史ありそうな門だ。
右側の門をよく見ると「北豊島郡上練馬村練馬尋常高等小学校」と刻まれているではないか!!


上練馬村の歴史
1878年(明治11年)11月2日
郡区町村編制法施行により東京府北豊島郡上練馬村となる。
1889年(明治22年)5月1日
同年4月1日の町村制施行に伴い、本地域で、明治の大合併が起こる。
上練馬村は下土支田村を吸収合併し東京府北豊島郡上練馬村となり、上練馬、下土支田、白子を大字とする。
1932年(昭和7年)10月1日
板橋区成立
東京市が隣接5郡(豊多摩郡・北豊島郡・荏原郡・南足立郡・南葛飾郡)82町村を編入。
1943年(昭和18年)7月1日
東京都制が施行され、旧上練馬村は東京都板橋区に属す。
1947年(昭和22年)8月1日
練馬区独立。
板橋区から旧1町4村の領域(北豊島郡練馬町・上練馬村・中新井村・石神井村・大泉村)を練馬区として分離独立する。旧上練馬村は東京都練馬区に属する事となる。
それに伴い、各町名にある練馬の冠称を取り除く。
左側の校門の裏側

明治拾年五月八日開校と刻まれていた。
明治10年は1877年だ。
今から147年前!
校庭側には上練馬村青年会と刻まれている石標が建っていた。


表側は見えない。
隣には二宮金次郎像もあったが、こちらも裏側しか見えない。


練馬尋常高等小学校
開校六十週年
昭和十二年五月
と刻まれていた。
"週年"は"周年"だよね。
朝鮮語では両方あるらしいが。
校名標


学校の沿革
明治10年5月8日創立開校 上練馬村2994増田藤助氏所有の倉庫を借用
昭和38年 校舎落成 現在地に移転
平成29年10月 開校140周年記念式典挙行
奥に見えるのは開校140周年の時のものか?

練馬小学校は練馬区内小学校65校中5番目に古い学校だが、都内ではどの位古いのだろう?
調べてみよう。
このようなデータがあることが分かった。
参考資料の中に「第2表 創立年月日一覧(小学校)」という項目がある。
それによると最も古い小学校は明治年創立の立川市立第一小学校だった。
続いて、明治年創立の文京区立湯島小学校、青梅市立第二小学校、世田谷区立若林小学校、稲城市立稲城第一小学校、練馬小学校は127番目だった。
126番目までの中には島にあるものもあった。
調べられない・・・。
ということで、暫定一位ということにしておこう。
この道の突き当りに今年5月に147歳となった歴史ある校門がある。

150周年まであと3年。