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「Dear Stranger ディア・ストレンジャー」

「Dear Stranger ディア・ストレンジャー
2025年9月19日(金)テアトル新宿にて。午後2時50分より鑑賞(A-11)

~子供を誘拐されて崩壊していく夫婦。西島秀俊グイ・ルンメイの演技が秀逸

 

 

2002年の台湾映画「藍色夏恋」は、高校生の男女の初々しい恋模様をノスタルジックに描いた青春映画。主演のチェン・ボーリングイ・ルンメイは、どちらもその後人気俳優となった。グイ・ルンメイは近年「薄氷の殺人」「鵞鳥湖の夜」などのディアオ・イーナン監督作品に出演し日本でもおなじみだ。私も好きな俳優である。

そのグイ・ルンメイが出演しているのが映画「Dear Stranger ディア・ストレンジャー」だ。「ディストラクション・ベイビーズ」「宮本から君へ」の真利子哲也監督のオリジナル脚本作品。日本・台湾・アメリカの合作映画でニューヨークが舞台になっている。東映が海外マーケットを視野に製作したそうだ。

全編がニューヨークロケで撮られた映画だ。冬のニューヨークの風景が、ドラマの背景としてしばしば登場する。映像は陰影あるノワール調。ジム・オルークによる音楽も雰囲気を高める。

その中で展開されるサスペンス。ニューヨークの大学の助教授として廃墟の研究をしている日本人の夫・賢治(西島秀俊)と、老いた父の代わりに地域密着型ストアを切り盛りしながら、人形劇団のアートディレクターとしての夢を追う台湾系アメリカ人の妻ジェーン(グイ・ルンメイ)。仕事や育児、介護に追われ余裕のない日々を過ごしていたある日、4歳の息子カイが行方不明になる。誘拐事件として警察に事情聴取されるうちに、胸に秘めてきたお互いの本音や秘密が浮き彫りになり、夫婦間の溝が深まっていく……。

ただし、誘拐犯人が誰かは最初から見え見えだ。しかも、早期にそれがわかってしまう。子供も無事に戻る。その後は、犯人を殺害したのは誰かという注目点はあるものの、サスペンス的な妙味タップリとは言い難い。

いや、むしろこの映画はサスペンスよりも、夫婦関係の変化に焦点を当てているのだろう。幸福だった夫婦が、子供を誘拐されたことをきっかけに、その関係を危ういものにしていく。と言いたいところだが、実は誘拐事件の前からこの夫婦、ちょっとおかしいのだ。

そもそも妻のジェーンは多忙だ。そのため、近くに住む両親のところに子供を預ける。父は介護が必要で、その面倒も見なければいけない。その父に代わって、コンビニのような店も切り盛りしなければいけない。さらに、人形劇団のアートディレクターとしての活動もある。

母親は仕事をやめて育児に専念しろと言うが、ジェーンはそれに反発する。夫の賢治との関係もぎくしゃくしている。2人は激しい口論をする。

そんな2人に不穏な影が忍び寄る。ジェーンが店番をする店に強盗が入り、何者かが車にスプレーで落書きをする。そんな中、カイが誘拐される。

ドラマとしての起伏を重視するのなら、事件前の賢治とジェーンは幸せそのもので、事件後に2人の秘密が露呈するという展開にしたほうが良かったかもしれない。ただし、そうではない分、リアルなのは確かだ。

賢治が廃墟を研究しているのは、阪神淡路大震災で家族を失ったことと関係しているらしい。つまり、今でも彼は過去にとらわれている。それに対して、ジェーンは人形劇で未来を切り開こうとしている。そんな状況が2人のコミュニケーションをより難しくする。

カイを誘拐されたことをきっかけに、2人は否応なく過去のあることと向き合わざるを得なくなる。だが、そこでもコミュニケーションの齟齬が2人の関係を困難なものにする。

賢治を演じた西島秀俊と、ジェーンを演じたグイ・ルンメイの演技が素晴らしい。2人のやりとりは緊迫感タップリ。ケンカの時に、それぞれが日本語と台湾語をまくしたてるシーンは圧巻だ。2人をつなぐ言語は英語だが、それはどこか借り物の言葉。そこからニューヨークで異邦人として生きる2人の立場も浮き彫りになる。

それぞれが、胸に抱えたものや孤独を表現する場面も秀逸だ。特にルンメイが人形を操りながら、自らの情念をさらけ出すような場面が見事。口には出せない感情や思いを人形の演技に託している。西島もセリフのほとんどが英語というこのドラマを、繊細かつ大胆に演じ切っている。

そして何よりも魅力的なのが、不穏でスリリングな空気感。それが全編に漂っている。賢治が研究する廃墟、故障した車のエンジン音、スプレーの落書きなど様々なものが、それをさらに加速する。

終盤になると見せ場が多い。警察の捜査の進展とともに、2人が抱えていた秘密が明らかになる。それとともに2人の絆が激しく揺さぶられていく。そんな中、ジェーンの人形劇団の公演が行われる。客席には賢治とカイの姿がある。人形劇自体は面白いものなのだが、ジェーンが操る大きな人形はどこか不気味な雰囲気をまとっている。

その後、ドラマの終幕に向かって波乱が起きる。微かな希望を提示するのかと思えた次の瞬間、衝撃的な出来事が起きる。

その後の展開については、個人的には曖昧模糊としてよくわからなかった。ありきたりの結末を避けたい意図は理解できたのだが、映像が暗いこともあって何が起きているのか理解できなかった。そのため観終わって、モヤモヤ感が残ったのは事実である。あれはいったい何を意味するのか? 観客の想像力に委ねたのかもしれないが、もう少しヒントらしきものをくれても良かった気がする。

従来の真利子監督作品に比べてバイオレンスシーンが少なめなこともあり、世界基準で製作された真利子監督の新境地というところかもしれない。少なくとも、西島秀俊グイ・ルンメイの演技(刑事役などその他の役者もなかなか良い)だけでも観る価値は十分にある作品だと思う。

◆「Dear Stranger ディア・ストレンジャー」(DEAR STRANGER)
(2025年 日本)(日本・台湾・アメリカ 上映時間2時間18分)
監督・脚本:真利子哲也
出演:西島秀俊グイ・ルンメイ、ジュリアン・ワン、クリストファー・マン、フィオナ・フー
*TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中
公式ホームページ https://d-stranger.jp/
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