「蔵のある街」
2025年8月26日(火)新宿ピカデリーにて。午後2時30分の回(シアター8/D-8)
~倉敷の街で花火を打ち上げようとする高校生たちのまっすぐな思い

映画「蔵のある街」は、古い街並みが残る岡山県倉敷市の美観地区を舞台に、街で花火を打ち上げようと奔走する高校生たちを描いた青春ドラマだ。
倉敷市に住む紅子(中島瑠菜)は、絵が好きな高校生。ある日、兄である自閉スペクトラム症のきょんくん(堀家一希)が、神社の大木に登って叫んでいるのを発見する。紅子の小学校からの幼なじみ、蒼(山時聡真)と祈一(桜井健人)は、きょんくんを木から降ろすため「打ち上げ花火を見せる」と口走ってしまう。だが、紅子は約束を忘れないきょんくんが口先だけの言葉に何度も傷ついてきたと怒る。それを知った蒼たちは、約束通り街で花火を打ち上げようと奔走するのだが……。
映画の冒頭、寝転んで夜空を見ている夫婦と2人の子供が映る。とても楽しそうだ。どうやら花火を見物しているらしい。
これが幼少時の紅子の家族。だが、高校生になった今は母が家を出て、父は飲んだくれている。兄のきょんくんは、自閉スペクトラム症で目が離せず紅子が面倒を見ている。紅子は絵が好きだが、先生の勧める美大への進学はしないと言う。きょんくんのこともあるし、母が画家だったことも影響しているのだろう。そんな彼女の進路についての葛藤のドラマが、この映画の大きな柱の一つだ。
そしてもう1つの柱が、紅子の幼なじみ蒼と祈一が街で花火を打ち上げようと奮闘するドラマ。きょんくんが神社の大木に登り、それを降ろすためにとっさに口走った言葉を実現するために、地元の人々を巻き込んで突き進む。
2人に協力するのは、ジャズ喫茶で知り合った学芸員の古城(高橋大輔)。彼から「100人分の署名が集まったら協力する」という約束を取り付けた2人は、軽い気持ちで署名集めをするがまったくダメ。それでも彼らはあきらめない。古城の知恵を借りて何とか署名を集め、チラシを作り、街の人たちの協力を取り付けようとする。最初は否定的だった街の人々も、彼らの熱意に押されて協力する。
ちなみに、古城はどうやら紅子の母の家出にも関係しているらしい。だから、最初のうち紅子は古城に複雑な思いで接する。
そんな紅子も含めて、3人の高校生たちは今どき珍しいほどまっすぐで一生懸命だ。その姿がスクリーンのこちら側の胸を熱くする。思い込みと意気込みだけで突っ走り、壁にぶち当たって傷つき、それでもなおめげずに立ち向かう。しごくまっとうな青春物語ではないか。
といってもひたすらマジメな映画というワケではない。全編がユーモアで彩られている。特に祈一のひょうきんなキャラが笑いを呼ぶ。彼は神社の息子で後を継ぐつもりだったが、父である宮司からダメ出しをされて慌てる。また、蒼の母親は実は元レディースで、花火大会に反対する市役所に大量動員で押し掛けるというコメディのようなシーンもある。こんなふうに、気楽に笑って観られる映画なのである。
もちろん感動させるところでは、きっちりと感動の涙を誘う。実にメリハリの利いたつくりになっている。
平松恵美子監督は、「ひまわりと子犬の7日間」「あの日のオルガン」などで知られるが、「小さいおうち」「家族はつらいよ」といった山田洋次監督作品の助監督・共同脚本などを務めてきた。なるほど、そういえば山田監督の作品とも似た雰囲気を感じる映画である。
そして、この映画のさらなる特徴はご当地映画だということ。そのため倉敷市の街の風景、観光スポット、倉敷で生きる人々などが、映画の中に自然な形で盛り込まれている。ただし、街の人々や市役所職員の保守的な面も見せるなど、単なる倉敷のPR映画に堕してはいない。その上で、高校生たちが実現を目指す花火大会を地域の活性化にもつなげて見せる。
それもこれも平松監督自身が倉敷出身ということで、倉敷への愛が根底にあるからこそ可能になったことだと思う。様々な要素のある映画なのに、1時間43分の中にきっちりと過不足なく収めた手腕も見事。
クライマックスはもちろん花火大会だ。そこで高校生たちや家族のドラマを紡ぐとともに、花火を見つめる街の人々の生き生きとした様子を丁寧に映し出したところにも、ご当地映画の神髄を見た気がした。
エンドロールに映るのは各地の花火の光景。この物語が生まれたきっかけは、コロナ禍に全国各地で打ち上げられて人々を元気にした「サプライズ花火」だという。バックに流れる手嶌葵の主題歌もいい。
ド派手なところは何もない。大きな事件も起きない。だが、3人の高校生たちのひたむきな姿を中心に、実に彩りの豊かな映画だった。観終わって心が温かくなった。
俳優陣では、3人の高校生役の山時聡真、中島瑠菜、櫻井健人が瑞々しい演技を披露。堀家一希も自閉スペクトラム症という難役を無理なく自然にこなしていた。脇役たちもなかなかの充実ぶり。プロスケーターで映画初出演の高橋大輔も存在感ある演技だった。不思議な役どころで橋爪功が出演しているのも面白い。
◆「蔵のある街」
(2025年 日本)(上映時間1時間43分)
監督・脚本:平松恵美子
出演:山時聡真、中島瑠菜、堀家一希、櫻井健人、田中壮太郎、陽月華、長尾卓磨、前野朋哉、ミズモトカナコ、北山雅康、高橋大輔、MEGUMI、林家正蔵、橋爪功
*シネスイッチ銀座ほかにて公開中
公式ホームぺージ https://kuranoarumachi.com/
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