「Cloud クラウド」
2024年10月9日(水)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後2時より鑑賞(スクリーン2/D-8)
~不穏な空気の中、得体の知れない人間たちがうごめき憎悪が連鎖する

黒沢清監督の映画はかなりの本数を観ているが、そのほとんどは不穏な空気がスクリーンに流れている。ホラーだけでなくホームドラマ、サスペンス、歴史ドラマまで様々なタイプの作品を手がけているが、いずれもゾクゾクするような不気味さが伝わってくる。
最新作「Cloud クラウド」も同様だ。主人公は吉井良介(菅田将暉)。クリーニング工場で働きながら副業で転売屋をしている。転売について教わった高専の先輩・村岡(窪田正孝)からの儲け話に乗らず、自分一人で転売を続けていた。だが、工場の社長・滝本(荒川良々)から昇進を持ちかけられたことを機に退職し、恋人の秋子(古川琴音)と湖畔の一軒家に引っ越す。地元の青年・佐野(奥平大兼)をアルバイトとして雇い、転売業は軌道に乗り始めるが……。
不穏さの要因は音の使い方などもあるが、得体の知れない登場人物が、怪しすぎる言動をとることが最大の要因だろう。主人公からしてそうだ。このドラマの主人公・吉井は映画の冒頭で工場主夫婦を脅し、非情にも低価格で商品を買い取る。ただし、そこに熱はない。冷静かつ抑制的な態度で臨む。傍から見れば、何を考えているかわからない。
吉井はそうして買い取った商品をオークションサイトで、高額で転売する。アップした商品の売れ行きを確認するのにパソコン画面を無表情で見つめる。工場勤務という正業がありながら転売屋をするのは、良い生活をしたいからだと本人は言う。だが、それに向かって遮二無二動くようなバイタリティーも感じられない。
その他の登場人物も何やら怪しい。吉井に転売屋の手ほどきをした先輩の村岡は、事あるごとに吉井を支配し、自分の意のままに操ろうとする。だが、いわゆる悪の親玉のような破壊力はない。この人物も何を考えているかわからない。
吉井がこれまでのすべてを捨てて、転売屋に専念するために引っ越した先で雇った佐野も、同じ得体の知れない人物だ。地元で職を探すものの、なかなか見つからずに苦労したと語る彼だが、そんな生活の影は微塵も感じられない。感情の揺れ動きもほとんどない。
怪しい人物が跋扈する中で、いかにも善人そうに見えるのが勤務していた工場の社長・滝本だ。吉井を評価し強引に昇進話を持ちかける。だが、彼もよく見ると何やら危険な香りが感じられる。いや、実際に後半にはこの人物がとんでもない行動に出るのである。
それなら恋人の秋子はどうか。一見ごく普通の女性のような言動をとる。だが、彼女も正体は不明だ。この人物も、終盤では意外な行動に出る。
前半はこれまでの黒沢作品にもあったような展開だ。吉井とその周辺の人々がうごめくさまが描かれる。冒頭から不穏な影が色濃く漂う。
そして、中盤、吉井は田舎の湖畔の一軒家に映り住み、転売屋に専念する。そこから映画のテイストは大きく変わり始める。吉井の商売はうまく回り始めるが、同時に彼の周囲には不気味な出来事が起こり始める。
後半、ドラマは一気にバイオレンスアクションへと転化。吉井は何者かに拉致監禁され、殺意にさらされる。
なぜそうなったのか。吉井は弱いものから安く商品を買い叩き、高く転売する。それは悪事だが比較的小さな悪事といえる。しかも、デジタルの世界でのそれは実感がない。吉井自身、自分が悪事を働いているなどという自覚はなかったのだろう。
だが、吉井のばらまいた憎悪の種は、ネット社会の中で急激に大きく成長する。彼の周囲の人間はもちろん、直接的な被害を被ったわけでもない無関係な人物まで、ゆがんだ憎悪を募らせる。そして、彼らは集団で狂気をエスカレートさせるのだ。
暴力が連鎖する終盤は、構図そのものはエンターティメント。異様な緊張感が支配する中で、殺戮のゲームが進行する。だが、そこに痛快さは一切ない。ドラマが終わってもやもや感が残る。これこそが黒沢映画の特徴かもしれない。
ネット社会というまさに現代を背景にしたこのドラマだが、そこに横たわるのは人間の本性だ。自分勝手で無軌道な人物たちが繰り広げる言動は、一見、私たちとは無関係なようだが、よく考えれば人間の奥底にある本性に連なっている。だからこそ、最後までこの不穏なドラマから目が離せないのだろう。
唐突なところがあるのも事実だが、それも黒沢映画の持ち味。終始漂う不穏な空気のせいで、それほど不自然さは感じなかった。ちなみに、同じ回を見た観客が「あんなに簡単に銃が手に入るなんておかしいわよねぇ」と言っていたが、今の世の中、金さえ出せばたいていのものは手に入るのですヨ。危ないものでもね。
俳優陣は黒沢演出のおかげで、いずれも感情を押し殺した冷たい演技だ。これが見事にこの映画にはハマっている。菅田将暉、奥平大兼、岡山天音、赤堀雅秋、窪田正孝など、全部が怪しすぎる。
いかにも善人風な荒川良々、かわいらしい古川琴音が、驚きの行動に出るというギャップもまた面白い。ワンシーンだけ出てくる松重豊の怪しさも格別なものだった。
◆「Cloud クラウド」
(2024年 日本)(上映時間2時間3分)
監督・脚本:黒沢清
出演:菅田将暉、古川琴音、奥平大兼、岡山天音、赤堀雅秋、吉岡睦雄、三河悠冴、山田真歩、矢柴俊博、森下能幸、千葉哲也、松重豊、荒川良々、窪田正孝
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://cloud-movie.com/
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