「大いなる不在」
2024年7月20日(土)テアトル新宿にて。午後3時より鑑賞(A-11)
~息子が知らなかった父と義母の人生。俳優たちの圧倒的な存在感

テアトル新宿の最前列の中央で映画を鑑賞するのが好きだ。目が悪いので、ほかの映画館でも前のほうに座ることが多いのだが、さすがに最前列は前すぎるような気もする。しかし、足は延ばせるし、ちょっと沈み込んで座ればスクリーンも観にくくはない。だから、できるだけこの席を確保することにしている。
というわけで、この日も最前列の中央で鑑賞。観たのは「大いなる不在」。前作「コンプリシティ/優しい共犯」が、トロント、ベルリン、釜山などの国際映画祭に招待され高い評価を得た近浦啓監督の長編第2作となる。
ドラマは緊張感あふれる場面からスタートする。ある民家に殺到する完全武装した警官たち。いざ突入! その瞬間、民家から一人の老人が出てくる。
続いてカメラは不思議な場面を映す。何やら奇妙な言葉を発する人物。よく聞いていると役者が芝居のセリフを語っているらしい。演劇のけいこ風景をドキュメンタリータッチでとらえた映像だ。
この2つのぶっ飛んだ場面を見て、ド派手なドラマが展開すると思ったらそうではなかった。比較的静かなドラマが展開する。
演劇の稽古シーンに登場した役者の卓(森山未來)。父の陽二(藤竜也)が警察に逮捕されたという知らせを受けて、慌てて妻の夕希(真木よう子)とともに陽二のもとに向かう。陽二は自分と母を捨てて再婚したため、卓は長らく父と疎遠だった。
陽二は認知症で、施設に入ることになる。その手続きのため役所や施設を訪問する卓と夕希。陽二に面会すると父は別人のようになっていた。口にすることもおかしい。自分は何者かに拉致されたなどと話す。
そんな中、父の再婚相手=卓の義母の直美が行方不明だとわかる。父に聞くと直美は自殺したなどと言う。一方、突然現れた直美の息子は直美は病院に入院しているという。
卓は家に残された大量のメモや手紙、日記を調べたり、父を知る人物に話を聞くなどして、陽二と直美に何があったのかを探っていく。
このように陽二と直美の謎を巡るサスペンス調のドラマだ。ただし、謎を解き明かすことが本作の主題ではない。中心的に描かれるのは、陽二と直美の人生のありようだ。
現在進行形のドラマが展開する。そこでは、卓と夕希が陽二と何度か面会するシーンが描かれる。しかし、陽二の話は荒唐無稽なことが多く、話はうまくかみ合わない。それでも、時折見える真実から卓は少しだけ陽二を理解する。
それと並行して描かれるのが、過去の陽二と直美の姿だ。大学教授の陽二は、独身時代から直美を知っていた。だが、その時2人は結婚に至らず、陽二も直美も別の人と結婚し、子供をもうけた。しかし、その後陽二が思いを募らせて直美に愛を告白した。
こうしてそれぞれに家庭を捨てて、結婚した2人は熱烈に愛し合っていた。だが、それから30年後、陽二に認知症の症状が出始めたことから2人の関係も変化する。
終盤、卓は直美の行方を捜して彼女の故郷に足を運ぶ、そこはけっこう劇的な展開などもあったりするが、すべてが明らかになるわけではない。余白を残して観客の想像力に委ねる。
ラストは再び演劇の稽古風景。卓が口にするセリフは何を意味するのか。
ここに描かれているのは人生の光と影だ。過去の傷を背負いつつ、純愛を実らせて結婚した2人が、やがて悲しい結末を迎える。その人生の喜びと悲しみをあますところなくスクリーンに刻み付ける。人生とは、人間の本性とは、かくも複雑で陰影に満ちたものなのか。
本作は認知症をテーマにしているが、それにとどまらない深みがある。人間というものを正面から見つめた骨太でずしりと胸に響くドラマだ。
ちょっと粗削りなところも感じさせるドラマだったが、それを凌駕するのが森山未來、真木よう子、原日出子、藤竜也の実力派キャスト4人だ。藤竜也はもちろん他のキャストの存在感も抜群。特に森山と藤が対峙する場面は、森山が「居合のようだった」というように、すさまじい緊迫感に満ちた圧巻の場面だった。彼らがいたからこそ、本作が成立したと言えるような演技だった。
本作は、第71回サン・セバスチャン国際映画祭のコンペティション部門で藤竜也がシルバー・シェル賞(最優秀俳優賞)を受賞。第67回サンフランシスコ国際映画祭では最高賞のグローバル・ビジョンアワードを受賞した。
◆「大いなる不在」
(2023年 日本)(上映時間2時間13分)
監督:近浦啓
出演:森山未來、藤竜也、真木よう子、原日出子、三浦誠己、神野三鈴、利重剛、塚原大助、市原佐都子
*テアトル新宿ほかにて公開中
ホームページ https://gaga.ne.jp/greatabsence/
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