以下の内容はhttps://cinemaking.hatenablog.com/より取得しました。


「しあわせな選択」

「しあわせな選択」
2026年3月12日(木)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午前11時20分より鑑賞(スクリーン9/F-11)

~会社をクビになった男の暴走を描くブラックな笑いに彩られたサスペン

 

すぐに人を左とか、右とかに区分けする人間は大嫌いである。私の頭の中には、左的なものもあるし、右的なものもある。それを単純に左だとか、右だとかいうやつは、きっと自分が単細胞なのだろう。哀れである。

パク・チャヌク監督は一般にバイオレンスな監督として知られているが、「JSA」「オールド・ボーイ」「復讐者に憐れみを」「親切なクムジャさん」「サイボーグでも大丈夫」「渇き」「イノセント・ガーデン」「お嬢さん」「別れる決心」と彼のフィルモグラフィーを見れば、バイオレンスを基調としつつも多様な映画を撮っているのがわかる。別にバイオレンスだけが彼の特徴ではないのである。

ちなみに、私は彼のほとんどの監督作は観ている大ファンなのだ。

そのパク・チャヌク監督の最新作が「しあわせな選択」。ドナルド・E・ウェストレイクの「斧」という小説が原作。今から20年以上前に出版された小説で、2005年にコスタ=ガブラスが一度映画化している。

映画の冒頭は、製紙会社に25年間勤め、今は管理職として働くマンス(イ・ビョンホン)の満ち足りた生活が描かれる。妻(ソン・イェジン)と2人の子供と2匹の飼い犬とともに郊外の大きな家に住む彼が、バーベキューをしている。そこで焼くのは肉ではなくウナギ。それに関連してマンスと妻はエッチなジョークを言ったりする。ここで早くも私はクスクス笑ってしまった。

そうなのだ。この映画にはユーモアがタップリ詰まっている。それもブラックでシニカルな笑いだ。パク・チャヌク監督の過去作でも、笑える要素はたくさんあったが、ここまでユーモアに彩られた作品は珍しいのではないか。おかげで全編笑いっ放しだった。

そんな満ち足りた生活を送っていたマンスだが、製紙会社を外資が買収したことから、あっさりクビになる。製紙会社にこだわるあまり再就職もままならず、彼はどんどん追い詰められる。妻は家を売ろうと言うが(この奥さん、けっこうたくましい)、生家を買い戻しただけにマンスは手放したくない。娘はチェロを習っているが、「才能があるからもっと有名な先生に教えてもらえ」と先生に言われ、そのレッスン代もバカにならない。督促状も家に届くようになる。

そこで困ったマンスは途方もないことを思いつく。自分と同じように製紙会社をクビになり、再就職をもくろむライバルを消せば、自分が浮かび上がるはず。彼はその考えを実行に移す。

というわけで、食い詰めたサラリーマンが連続殺人を企図するサスペンス。強引な設定だと思わないではないが、観ているうちはそんな荒唐無稽さを意識しない面白さだ。毒気たっぷりの笑い、やり過ぎとも思えるほど過剰でケレン味たっぷりの演出、鮮烈な映像(斬新なカメラワークが光る)、異常なまでの細部へのこだわり、そして予想もつかない展開でまったく目が離せなかった。

バイオレンスと笑いのバランスの良さも目に付く。マンスがライバル抹殺計画に手を染めるあたりから、バイオレンス描写が目に付く。しかし、同時にそこには笑いがあるから、目を背けるほどではない。

例えば最初の犯行。狙った男とその夫人がラブラブなので、なかなか手が出せないマンス。ところが、なんとその奥さんが浮気していたことから、予想もしない展開にもつれ込む。三者がくんずほぐれつする壮絶なバイオレンス場面は、皮肉な笑いにも彩られ、何だかとっても面白い。

本作の背景にあるのは「男は家族を養わなければならない」という家父長制的な考え方だ。「いまどき古い」と思うかもしれないが、実際のところまだまだそういう考えがはびこっているのではないか。本作のマンスも、そういう考えにとらわれている。もちろんマンスのような例は極端だが、それにしても似たような思考にとらわれる人はいそうだ。

また、マンスがそうなるに至った事情もパク・チャヌクの視野に入っているのだろう。外資が企業を買収し、徹底したリストラを敢行するというのは国を問わずよくあること。そこであっさりクビを切られる人はたまったものではない。現代の資本主義のどす黒い陰の部分を、このはじけたサスペンスドラマはあぶり出す。

途中から主人公はどんどん暴走していく。そして終盤、事態は混沌として警察もマンスの周辺に現れる。そんな危険な兆候の中で、最後の犯行でマンスが穴を掘るシーンと、マンスの犯行を疑い妻が自宅を掘り返すシーンをリンクさせた場面も、なかなかよく考えられている。

ラストシーンは工場。と言っても、そこはAIが支配してほとんど無人となった現場。そこに立つマンスの複雑な表情。これからの社会を暗示しているようで、薄ら寒くなってしまったのである。

主演のイ・ビョンホンは、すでにいろいろな役ができることを証明しているが、大真面目目な演技で笑いをとるところは、バスター・キートンあたりの演技も連想させた。見事な演技だった。

妻役のソン・イェジンの演技も魅力的だったし、マンスのターゲットとなるライバルを演じた俳優たちの演技も存在感たっぷりだった。

持ち前のバイオレンスに加えて、笑いもたっぷりまぶしたパク・チャヌクの世界。私のようなパク・チャヌク大好き人間には、十二分にその世界を堪能できる一作だった。

◆「しあわせな選択」(NO OTHER CHOICE)
(2025年 韓国)(上映時間2時間19分)
監督・脚本:パク・チャヌク
出演:イ・ビョンホン、ソン・イェジン、ヨム・ヘラン、パク・ヒスン、イ・ソンミン、チャ・スンウォン、キム・ウスン、チェ・ソユル、イ・ヨンニョ、オ・グァンノク
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
公式ホームページ https://nootherchoice.jp/
(外部のサイトに移動します。外部のサイトの内容については責任を負いませんので)

 


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「レンタル・ファミリー」

「レンタル・ファミリー」
2026年3月10日(火)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後1時10分より鑑賞(スクリーン6/C-7)

~レンタル・ファミリーという嘘からアメリカ人俳優が見つけたものは、人とのつながりという真実

 

脳性麻痺の主人公の成長を描いた2019年製作の長編デビュー作「37セカンズ」が、高い評価を得たHIKARI 監督。アメリカを拠点に活動しているとあって、その後の活躍が期待されたが、コロナの影響などもありTVドラマ「BEEF/ビーフ ~逆上~」などを監督するのみだった。そして、ようやく長編映画第二弾「レンタル・ファミリー」が公開となった。

オスカー俳優のブレンダン・フレイザーが主演のアメリカ映画だ。舞台は日本。とは言っても、過度に日本らしさを強調する映画にはなっていない。渋谷などの街の風景をはじめ、ごく自然な日本を描きつつ、同時に日本人の神に対する考え方などアメリカ人が感じる多少の違和感も映し出す。そのバランス感覚が絶妙だ。

映画の序盤はフレイザー演じる主人公フィリップの一日が描かれる。彼は7年前に来日しCMで人気者になったものの、今は細々と俳優業を続けながら東京で暮らしていた。慌てて電車に飛び乗り、オーディション会場に駆け込んで刑事役のオーディションを受ける。さらに、着ぐるみに入った仕事などもこなす。一日が終われば、ビールを飲みながら、家のベランダから他の家の人々の様子を眺める。彼は一人暮らしで孤独なのだった。

そんな中、急に連絡が入る。埼玉で仕事があるから、黒いスーツを着て現場に行けと言う。フィリップが現場に行ってみると、なんとそこは葬儀の場。彼は参列者として駆り出されたのだ。しかも、それは生きた者が棺桶に入る生前葬だった。というわけで、ここで笑いが起こる。本作はコミカルな場面がたくさんある映画だ。そもそもフィリップがかつて人気者になった歯磨きのCMが爆笑ものなのである。

葬儀の場でフィリップは、レンタル・ファミリー会社を経営する多田(平岳大)と知り合う。会社に来いと言う彼の言葉に従って行ってみると、そこは依頼者の要求に応じてある人物に成りすます仕事。白人男性を演じればいいと言う多田に対して、フィリップは一度は拒否するが結局仕事を引き受ける。

最初の仕事は結婚式での偽の新郎役。実は新婦は同性のパートナーと海外で暮らそうとしていたのだが、両親に正直に打ち明けられず、偽装結婚をして海外に行こうとしていたのだ。フィリップは緊張のあまり一度は姿を消すが、無事に役目を果たして心が満たされる。

その後も、引きこもりのゲーマーの対戦相手など様々な役目をこなすフィリップ。やがてその中から2つの依頼に焦点が当てられる。

1つは、お受験のために父親が必要だというハーフの少女の父親役。母親の依頼によるものだが、娘には本当の父親だと信じさせたいという。フィリップは戸惑いつつも、その少女の父親役をこなす。最初は冷たい態度の少女だったが、少しずつフィリップになつくようになる。

一方、もう1つの依頼は、記者なって認知症を患った老スター俳優の取材をすること。最初は気難しかった俳優だが、こちらも少しずつフィリップに気を許していく。

この2つの依頼は、その後波乱の展開を迎えるのだが、それを通してフィリップは変わっていく。初めのうちは他人の人生に関わることに戸惑いを隠さなかったフィリップが、様々な人々とつながりを持ち、彼らの役に立ちたいと考えて自分を見つめ直すようになる。嘘から出た実ではないが、レンタル・ファミリーという虚構から、本物の人とのつながりという関係性を見出したのである。

その舞台装置として、バーチャルな展示館(麻布台ヒルズのチームラボボーダレスらしい)、神楽坂の化け猫パレード、そして天草の大自然などを登場させているのも効果的だ。

また、フィリップや依頼人だけでなく、社長の多田や同僚の中島の心の内を、きちんと描いているところにも感心させられた。特に多田に関しては、途中で家族が中途半端に描かれるのに疑問を持ったのだが、終盤の展開で疑問が氷解した。自信家で合理主義者に見える彼も、実は孤独だったのだ。

それらを受けて、いったん破綻を迎えたドラマを再び一つにまとめ、温かな余韻を残してくれるラストにも好感が持てた。

主演のブレンダン・フレイザーは、役柄もあってオーラは極力消しているが、誠実そうな人柄を体現する演技だった。ほとんど動きのない中で演技をした「ザ・ホエール」の時もそうだったが、目の演技が何より雄弁に様々なことを物語る。

平岳大、山本真理ら脇役たちも存在感があった。子役のゴーマン・シャノン・眞陽の可愛らしさも特筆もの。風俗嬢兼占い師役の安藤玉恵もいい味を出していた。

嘘をつかずに生きていけるなら、これほど素晴らしいことはないが、そうもいかないのが人生。それなら、せめてその中で誠実に自分の役割を果たすことで、何かが生まれてくるのかもしれない。「37セカンズ」同様に、エンタメ性とテーマ性を巧みに同居させた作品だ。派手さこそないものの、しみじみと心に染みる一作だった。

◆「レンタル・ファミリー」(RENTAL FAMILY)
(2025年 アメリカ)(上映時間1時間50分)
監督・脚本・製作:HIKARI
出演:ブレンダン・フレイザー、平岳大、山本真理、ゴーマン・シャノン・眞陽、柄本明、木村文、真飛聖、森田望智、安藤玉恵、板谷由夏、菅原大吉、原日出子、神野三鈴、宇野祥平、梅沢昌代
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
公式ホームページ https://www.searchlightpictures.jp/movies/rentalfamily
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「コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話」(旧作)

「コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話」
2026年3月9日(月)【公式】プレシディオチャンネルにて鑑賞

~中絶禁止の時代と果敢に闘い輝いていく女性

 

体調が悪かったりして映画館に行けない。なので久々に配信で映画を観ることにした。といっても、有料の配信サイトには登録していないので無料配信だ。現在、国際女性デーで特別に無料配信されている「コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話」。2022年の製作で、日本では2024年に劇場公開された。

主人公の主婦ジョイ(エリザベス・バンクス)は、弁護士の夫と一人娘のいる家庭で、何不自由なく幸せに暮らしていた。映画の冒頭で、そんな彼女が「反戦デモが来る」という話を聞き、興味津々で目を輝かせる場面がある。このシーンが、その後の彼女の運命を暗示している。

ジェーンは2人目の子供を妊娠するが、妊娠中に倒れてしまい病院に運ばれる。医師によれば、妊娠の影響で心臓病が悪化しているという。妊娠をやめれば助かるが、そうでなければ死んでしまう可能性もある。だが、当時は中絶は禁止されており、病院の理事会も認められないと拒否する。

途方に暮れるジョイ。そんな時、街で「ジェーンに電話を!」と書かれたチラシを見かける。迷いつつ電話をすると、すぐに中絶手術の手配をしてくれる。もちろんそれは闇の医療。ジェーンというのは個人名ではなく、秘密の地下組織の名前だった。

ジョイは手術を受け、団体の女性たちに温かかく迎えられる。それをきっかけに、彼女は団体の仕事を手伝うようになる。そして、医師の仕事を手伝うだけでなく、ついには自分で手術をするようになる……。

実は、この話は実話がベース。実際に、1960年代後半から70年代初頭にかけてアメリカで推定1万2000人の中絶を手助けしたとされる「ジェーン」という団体があったらしい。

となれば、お説教臭かったり教科書的になりがちだが、本作はあくまでもエンタメとして面白おかしくテンポよく描いているのが特徴。何よりも、裕福でどちらかと言えば保守的だったジョイが、自分の活躍の場を見つけてどんどん輝いていく様子が魅力的だ。様々な困難はありつつも、仲間とともにそれを克服し、自ら運命を切り開いていくジョイに心が躍る。

また、ジョイと家族のドラマとしても成立している。夫と子供に内緒で「ジェーン」の活動にのめり込むジョイ。やがて夫も子供もその事実を知りショックを受けるが、最後は彼女を応援していくようになる。

そしてもちろん女性たちの解放へのドラマでもある。中絶禁止をはじめ様々な差別が横行する時代に、それを変えようと奮闘する女性たちの明るく、おおらかで、力強い闘いの様子が記録されている。

キャストも絶妙。主演のエリザベス・バンクスは、「ジェーン」と出会い輝いていくところの演技が絶品。最初の頃と最後では雰囲気が一変している。

「ジェーン」のリーダー役のシガニー・ウィーバーもさすがの存在感。金にがめつい医者役(と言っても実は医師でなかったことが後でわかるのだが)のコーリー・マイケル・スミスもいい味を出している。この2人のやりとりが実に面白い。

「ジェーン」のような人々の奮闘によって、中絶が認められるようになったアメリカだが、最近は州によってはまた逆戻りしている。世界的にも保守化傾向が著しい。そういう時代だけに、なおさら意義のある映画だと思う。

◆「コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話」(CALL JANE)
(2022年 アメリカ)(上映時間2時間1分)
監督:フィリス・ナジー
出演:エリザベス・バンクス、シガーニー・ウィーバー、クリス・メッシーナ、ケイト・マーラ、ウンミ・モサク、コーリー・マイケル・スミス、グレイス・エドワーズ、ジョン・マガロ
*各種配信サイトで配信中

 


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「センチメンタル・バリュー」

「センチメンタル・バリュー」
2026年2月26日(木)TOHOシネマズ 池袋にて。午後3時45分より鑑賞(スクリーン9/D-8)

~疎遠だった映画監督の父と俳優の娘。確執の果てに和解はあるのか?

 

もうすぐ今年の第98回アカデミー賞。それを前に発表されたノミネート作品で、作品賞をはじめ8部門で計9ノミネートされた「センチメンタル・バリュー」が公開されている。監督は「わたしは最悪。」で世界的に注目を集めたヨアキム・トリアーだ。

ノルウェーのオスロで舞台俳優として活躍する姉ノーラ(レナーテ・レインスヴェ)と、家庭を持ち夫と息子と穏やかに暮らす妹アグネス(インガ・イブスドッテル・リッレオース)。母親の葬儀後の集いに、2人の幼少時に家を出て長らく音信不通だった父のグスタフ(ステラン・スカルスガルド)が姿を現す……。

いわば「父帰る」的なドラマではあるのだが、父親が映画監督だというのがミソ。グスタフは海外で過去作が特集上映されるほど著名な監督だが、この15年間は新作を撮っていない。その15年ぶりの新作の製作を通して、父と娘の葛藤と融和のドラマが展開していく。

グスタフは新作への出演をノーラに依頼する。それは自伝的な作品だったが、ノーラはグスタフが持参した脚本を開くことなく、断固としてそれを拒否する。彼女は父を許すことができなかったのだ。グスタフはノーラの代わりに米国の人気俳優レイチェル(エル・ファニング)を起用する。

本作の中心線はもちろん、グスタフとノーラの関係性にある。グスタフもノーラもその心は迷走する。グスタフは映画にすべてを捧げてきた男だ。家を出たことに対しても正面切って謝ったりはしない。だが、その自信満々の態度の裏に、チラチラと違った顔ものぞかせる。対するノーラも父に対する嫌悪感を抱えるが、同時に俳優としても自信をなくし、個人としても癒し難い孤独を抱えている。そんな2人の心理の微妙な変化を、トリアー監督は繊細に描き出す。

さらに、妹のアグネス、そしてアメリカ人俳優のレイチェルの存在もしっかりとスクリーンに刻み付けている。グスタフに好意的だったアグネスは、父の新作で重要な役割を担う祖母の過去について調べショックを受ける。さらに自分の息子を映画に出そうとする父に猛反発する。また、レイチェルはエンタメ路線に限界を感じて、グスタフの映画に飛び込んできたものの、「私が演じるべきではないのでは?」と次第に違和感を持つようになる。

様々な迷走を重ねるグスタフとノーラの心理。2人の関係に大きな変化をもたらしたのは、やはり妹のアグネスだった。彼女はグスタフの脚本を初めて読む。そして、そこには祖母ではない、別の人物のドラマが投影されていることに気付く。そして、それをノーラに告げる。

ラストシーン。ノーラがアグネスの息子を我が子のように送り出す。あれ?これはどうなっているのだ?と思ったのだが、なるほどそうだったのか。温かで心穏やかになるエンディングだ。最後に映るグスタフとノーラの表情がとても良い。

それも含めてトリアー監督の優しく穏やかな視線が感じられる作品だった。舞台となる古い家の風情あるたたずまいも、それを後押ししている。斬新なショットもあるにはあるのだが、基本は特に変わったことはやっていない。それでもこれほどのドラマにしてしまうのだから見事なものだ。

ノーラ役の「わたしは最悪。」のレナーテ・レインスヴェ、グスタフ役の名優ステラン・スカルスガルド(本作でアカデミー助演男優賞にノミネート)、アグネス役のインガ・イブスドッテル・リッレオース、そしてレイチェル役のエル・ファニング、いずれも素晴らしい演技だった。特に台詞以外の部分で多くを物語る演技が印象的だった。

◆「センチメンタル・バリュー」(AFFEKSJONSVERDI/SENTIMENTAL VALUE)
(2025年 ノルウェー・ドイツ・デンマーク・フランス・スウェーデン・イギリス)(上映時間2時間15分)
監督:ヨアキム・トリアー
出演:レナーテ・レインスヴェ、ステラン・スカルスガルド、インガ・イブスドッテル・リッレオース、エル・ファニング、イェスパー・クリステンセン、アンデルシュ・ダニエルセン・リー、レナ・エンドレ、コーリー・マイケル・スミス、キャサリン・コーエン、ラース・ヴァーリンニェル、アンドレアス・ストルテンベルク・グラネルッド、オイヴィン・ヘシェダル・ローヴェン
* TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
公式ホームページ https://gaga.ne.jp/sentvalue_NOROSHI/
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「災 劇場版」

「災 劇場版」
2026年2月24日(火)新宿武蔵野館にて。午後12時20分より鑑賞(スクリーン1/C-7)

~全国各地で起きる死の背後にいる男。香川照之の破格の怖さよ

 

歌舞伎役者・市川中車としても活躍する香川照之。幅広い役をこなすが、特に「クリーピー 偽りの隣人」をなどで見せた凄味のある悪役が印象深い。その悪役の集大成ともいうべき演技を披露しているのが「災 劇場版」。WOWOWの「連続ドラマW 災」の劇場版だ。

監督・脚本・編集を担当している関友太郎と平瀬謙太朗は、監督集団「5月」のメンバー。この2人の2022年の長編デビュー作「宮松と山下」は、同じく香川照之を主役に迎え国内外で大きな反響を呼んだ。

映画の序盤は、千葉、横浜、福岡、金沢、宮城など各地の市井の人々の姿が描かれる。彼らはみな悩みや問題を抱えていた。

女子高生の北川祐里(中島セナ)は、両親が離婚し、2人とも娘に無関心で進路の相談にも乗らない。運送会社の社員の倉本慎一郎(松田龍平)は、かつて飲酒をして死亡事故を起こし、妻とも別居していた。ショッピングモールの清掃員の崎山伊織(内田慈)は、理容師の皆川慎(藤原季節)のゴミの出し方にクレームをつけていた。旅館経営者の岸文也(じろう)は、多額の借金を抱え、妻は男と出て行った。

映画の冒頭近くから不穏さが漂う。赤い服を着た女性の遺体が海面を漂う。重低音が鳴り響く音楽も不穏さを煽る。そして、さらに不穏な空気を醸し出すのが映画の構成。WOWWOWのドラマ版は6話完結で時系列に沿って話を展開していたが、映画版ではなんとそれらの話を並列化しているのだ。それによって、より不穏で謎めいた映画になっている。

やがて、序盤で描かれた人々の周囲に、ある一人の男(香川照之)の影が現れる。それは、顔こそ似ているが姿かたちも違えば言動も異なる。職業も違う。北川祐里の前では塾の講師、倉本慎一郎の前ではトラックドライバー、崎山伊織の前では皆川の同僚の理容師、岸文也の前では旅館の出入り業者。気味の悪さもそれぞれだ。彼らは別人なのか?それとも同一人物か? 

やがて次々に人が死ぬ。警察は自殺や事故として処理するが、刑事の堂本翠(中村アン)は死体の髪が不自然に切られているのが気になり、連続殺人を疑う。堂本の同僚の2人の刑事(竹原ピストル、宮近海斗)も彼女の捜査に協力する。

怪しいのはどう見ても例の男。だが、直接手を下す場面は映らない。殺人を示す証拠も残っていない。だいいち彼が殺人犯だとしたら動機は何だろう。殺されたかもしれない人々が恨みを買うような場面もない。そもそも彼が、ほぼ同時期に犯行を行うのは不可能だろう。

謎めいた展開の先に驚きが訪れる。同時多発的に起きたように見えた様々な死は、実はそれぞれ時間差があったのだ。あの男が犯行を行おうとすれば、それも可能なのである。

終盤には、事件を追う刑事にも死が訪れて、そこにもまた例の男が現れる。

はたして彼は犯人なのか。それとも違うのか。その答えは明確に示さない。観客それぞれが考えるのみだ。

普通に描いたら、ただのサイコパスを追う刑事ドラマになってもおかしくないのに、ドラマを再構成した手法をはじめ数々の手法によって斬新なスリラー映画になっている。「新しい手法が生む新しい映像体験」が5月のテーマらしいが、まさにそれを体現した映画と言えるだろう。

そして何よりも香川照之の恐ろしさよ。七変化ともいうべき役柄を、それぞれ丁寧に演じ分け、まるで別人のように感じさせる。そして、底知れぬ不気味さをそこに潜ませている。ポスタービジュアルにも使われているラストシーンの顔が怖すぎる。夢に出てきそう……。

劇中で、死んだ主婦の夫が刑事に対して、「妻の死は災害と同じだと思うことにした」という趣旨の発言をする。動機も不明なら、殺人か事故かも不明。地震などの災害と同じ災いとしての死。そこに悪意がない死。そう思わなければやっていられないということかもしれない。タイトルの「災」もそこから来ているのだろう。まるで災害のように同時多発的に死が訪れる構成にした劇場版には、なおさらふさわしいタイトルである。

◆「災 劇場版」
(2025年 日本)(上映時間2時間8分)
監督・脚本・編集:関友太郎、平瀬謙太朗
出演:香川照之、中村アン、竹原ピストル、宮近海斗、中島セナ、松田龍平、内田慈、藤原季節、じろう、坂井真紀、安達祐実、井之脇海
*新宿武蔵野館ほかにて公開中
公式ホームページ https://www.bitters.co.jp/SAIdisaster/
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「私たちの一日」

「私たちの一日」
2026年2月23日(月・祝)ユーロスペースにて。午後12時35分より鑑賞(ユーロスペース1/B-8)

~交わりそうで交わらない2つの会話劇。安定のホン・サンス映画

 

ハマる人はハマるけれど、そうでない人は見向きもしない。韓国のホン・サンス監督の映画はそういう映画。

ホン・サンス監督のデビュー30周年を記念して5カ月連続で新作を上映する企画「月刊ホン・サンス」の第4弾作品は「私たちの一日」。

オープニングにはホン・サンス作品ではおなじみの、心地よい音楽が流れてくる。そして、まず1つ目のドラマが始まる。

猫を飼う友人宅に居候中の休業中の俳優サンウォン(キム・ミニ)。起き出して友人と会話をする。サンウォンは猫のウリにおやつをあげる。友人はウリが太り過ぎなのを気にしている。可愛いからと、つい餌をたくさんやってしまうのだという。ウリはサンウォンにとてもなついている。

続いて2つめのドラマが始まる。アパートで一人暮らしをする初老の詩人ホン・ウィジュ(キ・ジュボン)。若者たちが頻繁に訪ねてくる。今も卒業制作で彼を素材にしたドキュメンタリー映画を撮っている女子学生が訪れて、ウィジュがラーメンを食べているところを撮影している。ウィジュは医師から飲酒と喫煙を止められている。

こうして交互に2つのドラマが展開する。ただし、2つのドラマが交わることはない。わずかにサンウォンとウィジュがラーメンにコチュジャンを入れて食べたり、それぞれの家にアコースティックギターが置かれているといった共通点があるのみだ。

サンウォンのところには、俳優志望の女性が訪れてサンウォンに対してどうすれば俳優になれるのか。演技とはどういうものかなどと質問をする。それに答えるサンウォン。話すうちに、自身のことに思い至る。ある人物との出会いをきっかけに俳優業をやめようと思ったこと。そして、建築美学の勉強をしたことなどを打ち明ける。

また、詩人のウィジュのところには、こちらも俳優志望だという青年が訪れる。彼はためらいながらもウィジュに生硬な質問を繰り返す。どういうきっかけで詩人になったのか。真理とはどんなものか。愛とは何か。それに対して、ノンアルコールビールを飲みながらウィジュは答える。「君は正解を求めている。正解を求めてはダメだ」。

画面はいつも通りのホン・サンス節。固定カメラを中心に長回しで会話を捉える。その分俳優たちは長台詞を喋ることになる。唐突なズーム・インやズーム・アウトを繰り出すのもいつも通り。

大事件が起こらないのもホン・サンス映画。終盤でサンウォンの友人が飼っていた猫ウリが姿を消して、我が子のように可愛がっていた友人が大ショックを受ける騒ぎがある程度。それも意外に早く決着してしまう。

それでも2つのドラマそれぞれの会話が抜群に面白い。どちらも食卓を囲んで、穏やかでとりとめのない会話を繰り返す。その日常的な会話から、チラチラと人生の真理が見えてくることがある。何気ない会話がサンウォンとウィジュの生き様を物語ったりもする。

また、言葉とは裏腹の心理がうかがえるのも面白い。サンウォンは俳優志望の女性に丁寧に対応するが、彼女の優柔不断な態度にちょっとイラついていたりする。ウィジュも、若者の真っすぐではあるが融通の利かない態度が気に入らないようだ。

そんな会話を観ているだけで楽しいのである。これこそがホン・サンス映画の真骨頂だろう。

サンウォン役のキム・ミニ、ホン・ウィジュ役のキ・ジュボンともにホン・サンス作品ではおなじみ。それも含めて安定のホン・サンス映画だ。ファンにとっては実に心地よい世界が展開する。

◆「私たちの一日」(IN OUR DAY)
(2023年 韓国)(上映時間1時間24分)
監督・脚本・製作・撮影・編集・音楽:ホン・サンス
出演:キム・ミニ、キ・ジュボン、ソン・ソンミ、パク・ミソ、ハ・ソングク、キム・スンユン
*ユーロスペースほかにて公開中
公式ホームページ https://mimosafilms.com/gekkan-hongsangsoo/

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「道行き」

「道行き」
2026年2月19日(木)テアトル新宿にて。午後4時10分より鑑賞(A-11)

~奈良県御所市を舞台にした個性的なモノクロ映画。過去と未来がつながる

 

ぴあフィルムフェスティバル(PFF)が映画界に果たしてきた役割は大きい。数々の映画監督を輩出してきた。あの「国宝」の李相日監督もそうだ。

「道行き」は、「おばけ」でPFFアワード2019グランプリを受賞した中尾広道監督の商業デビュー作。PFFプロデュース作品だ。

奈良県御所市(ごせし)の古民家を購入し、大阪から引っ越してきた駒井(渡辺大知)。古民家を改造しながら、たびたび様子を見に訪れる元所有者の梅本(桐竹勘十郎)が語る話に耳を傾ける。それはこの家や町の昔のことだった。梅本の話を聞きながら、町を訪ね歩く駒井。次第にかつての町の様子が見えてくる……。

本作は全編モノクロ映像で綴られる。構成はドキュメンタリーとドラマの融合といった感じだ。それもそのはず、中尾監督は自身も御所市に移り住み、地域の人々と交流してきたという。つまり、駒井は監督自身の分身なのだ。

駒井は家を改装しながら、梅本と対話する。彼の話は、かつてこの家を作業場にしていた時計職人の祖父のことや、町の昔の姿についてなどだった。特に祖父については、彼の在りし日の姿がドラマ仕立てで描かれる。

一方、駒井は改装作業の合間に町を訪ね歩いて様々な人々の話を聞く。町の歴史を知る人に地図を前に話を聞いたり、鉄道会社(岐阜県の樽見鉄道らしい)の人にインタビューしたりする。その様子がドキュメンタリータッチで描かれる。

また、時折、文楽の模様も描かれる。中尾監督によれば「面売り」という演目で、実際にかつてこの町で同じような光景が繰り広げられていたのだと感じて、この演目を撮影したという。

さらに、ファンタジー調の場面もある。駒井が運転手となって走る列車に、梅本と祖父らが乗っているのだ。まさに時空を超えたシーンである。

この映画のテーマは「時間」。時間を行き来しつつ描かれる御所市の風景は、ひたすら美しく心が洗われる。モノクロ映像ということもあり、ノスタルジックな感情にもとらわれる。この町の、そしてそこで生きる人々の豊かさも感じ取れる。

ただし、劇中では何度か民家の解体工事の場面が登場する。さらに、古民家の所有者が維持が大変で、いずれは解体せざるを得ないと証言する場面もある。さらに、最終盤には梅本が、まもなくこの町を去ると告げる。けっして町のバラ色の側面ばかりを強調するのではなく、厳しい現状も伝えているように思える。

それでも長い時間軸の中で過去と未来がつながり、独特の風情を映し出す。利便性や効率性を重視する現在の世の中にあって、それとは違う価値観がこの映画にはあるような気がする。

駒井役の渡辺大知の存在感ある演技、そして俳優としては映画初出演だという文楽の人形遣いで人間国宝の桐竹勘十郎の味わい深い演技も、この映画を魅力的にしている。

得難い個性の映画だ。中尾監督はすでに40代半ばなので、若手というわけではないが、今後どのような作品を撮るのか楽しみである。

◆「道行き」
(2024年 日本)(上映時間1時間20分)
監督・脚本・編集:中尾広道
出演:渡辺大知、桐竹勘十郎、細馬宏通、田村塁希、大塚まさじ、上田隆平、梅本修、清水弘樹、中井将一郎、中山和美、ちょび
*テアトル新宿ほかにて公開中
公式ホームページ https://www.michiyuki-movie.com/
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