「しあわせな選択」
2026年3月12日(木)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午前11時20分より鑑賞(スクリーン9/F-11)
~会社をクビになった男の暴走を描くブラックな笑いに彩られたサスペンス

すぐに人を左とか、右とかに区分けする人間は大嫌いである。私の頭の中には、左的なものもあるし、右的なものもある。それを単純に左だとか、右だとかいうやつは、きっと自分が単細胞なのだろう。哀れである。
パク・チャヌク監督は一般にバイオレンスな監督として知られているが、「JSA」「オールド・ボーイ」「復讐者に憐れみを」「親切なクムジャさん」「サイボーグでも大丈夫」「渇き」「イノセント・ガーデン」「お嬢さん」「別れる決心」と彼のフィルモグラフィーを見れば、バイオレンスを基調としつつも多様な映画を撮っているのがわかる。別にバイオレンスだけが彼の特徴ではないのである。
ちなみに、私は彼のほとんどの監督作は観ている大ファンなのだ。
そのパク・チャヌク監督の最新作が「しあわせな選択」。ドナルド・E・ウェストレイクの「斧」という小説が原作。今から20年以上前に出版された小説で、2005年にコスタ=ガブラスが一度映画化している。
映画の冒頭は、製紙会社に25年間勤め、今は管理職として働くマンス(イ・ビョンホン)の満ち足りた生活が描かれる。妻(ソン・イェジン)と2人の子供と2匹の飼い犬とともに郊外の大きな家に住む彼が、バーベキューをしている。そこで焼くのは肉ではなくウナギ。それに関連してマンスと妻はエッチなジョークを言ったりする。ここで早くも私はクスクス笑ってしまった。
そうなのだ。この映画にはユーモアがタップリ詰まっている。それもブラックでシニカルな笑いだ。パク・チャヌク監督の過去作でも、笑える要素はたくさんあったが、ここまでユーモアに彩られた作品は珍しいのではないか。おかげで全編笑いっ放しだった。
そんな満ち足りた生活を送っていたマンスだが、製紙会社を外資が買収したことから、あっさりクビになる。製紙会社にこだわるあまり再就職もままならず、彼はどんどん追い詰められる。妻は家を売ろうと言うが(この奥さん、けっこうたくましい)、生家を買い戻しただけにマンスは手放したくない。娘はチェロを習っているが、「才能があるからもっと有名な先生に教えてもらえ」と先生に言われ、そのレッスン代もバカにならない。督促状も家に届くようになる。
そこで困ったマンスは途方もないことを思いつく。自分と同じように製紙会社をクビになり、再就職をもくろむライバルを消せば、自分が浮かび上がるはず。彼はその考えを実行に移す。
というわけで、食い詰めたサラリーマンが連続殺人を企図するサスペンス。強引な設定だと思わないではないが、観ているうちはそんな荒唐無稽さを意識しない面白さだ。毒気たっぷりの笑い、やり過ぎとも思えるほど過剰でケレン味たっぷりの演出、鮮烈な映像(斬新なカメラワークが光る)、異常なまでの細部へのこだわり、そして予想もつかない展開でまったく目が離せなかった。
バイオレンスと笑いのバランスの良さも目に付く。マンスがライバル抹殺計画に手を染めるあたりから、バイオレンス描写が目に付く。しかし、同時にそこには笑いがあるから、目を背けるほどではない。
例えば最初の犯行。狙った男とその夫人がラブラブなので、なかなか手が出せないマンス。ところが、なんとその奥さんが浮気していたことから、予想もしない展開にもつれ込む。三者がくんずほぐれつする壮絶なバイオレンス場面は、皮肉な笑いにも彩られ、何だかとっても面白い。
本作の背景にあるのは「男は家族を養わなければならない」という家父長制的な考え方だ。「いまどき古い」と思うかもしれないが、実際のところまだまだそういう考えがはびこっているのではないか。本作のマンスも、そういう考えにとらわれている。もちろんマンスのような例は極端だが、それにしても似たような思考にとらわれる人はいそうだ。
また、マンスがそうなるに至った事情もパク・チャヌクの視野に入っているのだろう。外資が企業を買収し、徹底したリストラを敢行するというのは国を問わずよくあること。そこであっさりクビを切られる人はたまったものではない。現代の資本主義のどす黒い陰の部分を、このはじけたサスペンスドラマはあぶり出す。
途中から主人公はどんどん暴走していく。そして終盤、事態は混沌として警察もマンスの周辺に現れる。そんな危険な兆候の中で、最後の犯行でマンスが穴を掘るシーンと、マンスの犯行を疑い妻が自宅を掘り返すシーンをリンクさせた場面も、なかなかよく考えられている。
ラストシーンは工場。と言っても、そこはAIが支配してほとんど無人となった現場。そこに立つマンスの複雑な表情。これからの社会を暗示しているようで、薄ら寒くなってしまったのである。
主演のイ・ビョンホンは、すでにいろいろな役ができることを証明しているが、大真面目目な演技で笑いをとるところは、バスター・キートンあたりの演技も連想させた。見事な演技だった。
妻役のソン・イェジンの演技も魅力的だったし、マンスのターゲットとなるライバルを演じた俳優たちの演技も存在感たっぷりだった。
持ち前のバイオレンスに加えて、笑いもたっぷりまぶしたパク・チャヌクの世界。私のようなパク・チャヌク大好き人間には、十二分にその世界を堪能できる一作だった。
◆「しあわせな選択」(NO OTHER CHOICE)
(2025年 韓国)(上映時間2時間19分)
監督・脚本:パク・チャヌク
出演:イ・ビョンホン、ソン・イェジン、ヨム・ヘラン、パク・ヒスン、イ・ソンミン、チャ・スンウォン、キム・ウスン、チェ・ソユル、イ・ヨンニョ、オ・グァンノク
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
公式ホームページ https://nootherchoice.jp/
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