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文学部の修士課程~博士課程の7年間を振り返る(環境編)

 先日、博士課程を終えて、博士号申請論文を提出しました。タイトルの通り、文学部で院進したブログ著者の修士課程~博士課程の7年間を、まずは研究環境の面から振り返ります。中に書かれている情報は古いものが多いと思うので、ご注意ください。

 もともと、学部生の時には就活も少ししていて、院進一本で考えていたわけではありません。ただ、漢文を読むのが単純に好きで、このまま自分の研究を続けてみたいという気持ちが強くなって、思い切って修士課程に進みました。研究室の環境的に、ばりばり研究をしている博士課程の学生が身近にいて、自然とあこがれを抱いたというのも大きいです。

M1:2018年

 卒論とは少し異なる方向でテーマを立てたので、一から勉強することが多かったと記憶しています。私の所属する研究室が、人数は少ないながらとても活発だった時期で、研究の手助けをしてくれる先輩が多かったし、読書会・勉強会もしょっちゅう開かれていました。既にばりばり研究をしている人からすれば、私と一緒に漢文を読んでもさして身になることはなかったと思うのですが、いつもこちらから誘って(まずこっちから誘えるという関係が素晴らしい)、気軽にもらえたので感謝しかないです。

 人数が少ない研究室では、よい教授や先輩に恵まれた場合には、厚遇されて濃密な学びの機会を得やすいでしょう。しかし、恵まれなかった場合には、メンバーの固定化により環境が変化しにくいため、むしろ閉塞的で苦しい状況になりやすいとも言えます。ありきたりな結論になりますが、事前にどんな研究室か把握しておくのがとても大切です。ハラスメントは論外として、人間同士ですので単純に「合う・合わない」もありますし、そもそも思っていた研究分野と違ったとか、そういうミスマッチもあり得ます。

 研究以外にも精力的だった時期で、ツイッターでの発信や、ユーチューブでの解説動画の投稿、また中国文学研究室・東洋史研究室・国文学研究室などの院生との交流など、アクティブにやりたいことをやっていました。このブログが始まったのもこの時期ですね。

 その後の基礎となる専門的な知識は、この頃に身につけたものが多いです。専門の授業にも一通り出ていて、ひたすら漢文を読みふけっていた時期です。

M2:2019年

 修論のテーマが定まり、修論で扱う文献をひたすら読み続けていた時期です。

 実は、博士課程になってから出した論文も、この時期に発見したテーマや集めた材料から派生したものがほとんどです。この頃のメモやノートは今でも役に立っていて、論文のネタの溜まり場になっています。(逆に言えば、あまりその後の成長がなかったということかもしれませんが…。)

 修士課程の二年間は、学費の半額免除を受けていました。加えて、育英会奨学金(要返済=借金)を取っていました。月8~9万ぐらい借りていて、返済を考えると気が気ではなかったですが、これは後に返済が半額免除になりました。育英会奨学金の返済免除は、各大学から一割が全額免除、二割が全額免除され、博士課程進学者は比較的免除を受けやすいと言われています。(今は変わっているかもしれません。)

 しかし、結局免除をもらえるのは一部の人だけであり、私は本当にたまたまラッキーだっただけです。要返済の奨学金など、本来は奨学金と呼ぶべきではありません。制度の改善を望みます。なお、私の分野で応募しやすい奨励費や研究助成については、以前まとめたことがあります。→奨学金・研究助成あれこれ - 達而録

 また、生活費を考える上では、学部の頃にかなり割の良いバイトに巡り合えたことも大きかったです。時給は1000円で(今だと最低時給を割っていますが)、土日に丸8時間受付に入るというバイトなのですが、その場に上司がいないので読書や研究がほぼ自由にできました。これも非常に有難かったです。

D1(前半):2020年4~9月

 修士論文で明確に見えた課題について、ある程度見通しを持って、計画的に研究に取り組み始めた時期です。学振(DC1)は落ちたのですが、中国政府奨学金(もちろん返済不要)に採択されたので、そのお金で二年間中国に留学へ行くことになりました。が、時を同じくして新型コロナウイルスが大流行し、学生ビザが下りないようになってしまいます。9月からの留学(中国は秋入学です)は、「当分は日本からオンライン留学、渡航が再開したら中国へ」という形になりそうな情勢でした。

 当然、オンライン留学はまったく本意ではなかったので中止することも選択肢の一つでした。ただ、この頃は「二か月後に渡航再開するらしい」みたいな怪情報が常に出回っており、「もしかしたら行けるのかも」という期待をちらつかせてくることもあって、中止する決断もしにくかったです。留学を中止にしたとて京大でオンライン授業を受けるだけで、八方塞がりということもありました。

休学(オンライン留学):2020年9月~

 結局、オンライン留学が始まり、京大は休学しました。京都で下宿する意味がなくなり、バイト先もコロナで閉業してしまったので、実家に戻りました。ちなみに、中国政府奨学金は、というか留学の時にもらえる奨学金の大半は、「実際に現地に行っている期間」しか奨学金が出ません(日本側から日本円で支給される場合はそうでもないかもしれません)。だから、中国政府奨学金にせっかく採択されたのに、その奨学金は最後まで貰えませんでした(さすがに留学先の大学の学費は免除してもらえましたが)。

 実家の近くには普通の市立図書館しかなくて、研究は若干滞りました。代わりに、市立図書館で概説書を読んでいて、専門家以外にも分かりやすく専門知を還元していくことの大切さと難しさを痛感しました。そこでこの時期には、自分の専門に関する内容のWikipediaの執筆を積極的にやっていました。真面目にやっていたら、Wikipedia執筆者コミュニティに誘われて、Wikipediaに関する研究ノートを書き、イベントに参加し……と、この繋がりはいまも続いています(これも何度か記事しています→ウィキペディアについての懇話会に参加してきました - 達而録)。Wikipediaは今後も書いていくと思います。

休学(吉田寮へ):2021年9月~

 京都で研究はしたいのですが、京都への引越直後に渡航再開になるとお金がいくらあっても足りない(繰り返しますが、当時はそういう怪情報が流れまくって振り回されていたのです)……というジレンマに陥った時、ふと閃いて、吉田寮の入寮募集に応募しました。吉田寮は休学しながらでも入れるし、家具も買わなくていいし、なんといっても安いのです(光熱費込み月2500円)。すぐに引っ越す可能性がある自分にとっては最善の選択だったと思います。

 寮生活は楽しく、コロナで途切れていた社会との繋がりが回復し、周囲の学生と議論したり遊んだりするうちに、自分の脳内の言語化の回路がよりクリアになった気がしました。世界の見え方が変わったというより、それまで世界に対して感じていた違和感を言語化する武器を手に入れたという感じでしょうか。クィアとしての自分が主体化された、と言い換えてもいいです。

 また、専門が違う学生と話すことが増えた影響で、論文や申請書の執筆が上手くなりました。専門外の人に自分の研究を分かりやすく説明するための言語化の訓練は、自分一人でやってもなかなか難しいものです。この後、奨励費や学振を得られた要因の一つだと思っています。

 この頃、留学はもう諦めることを決意しました。ちゃんと留学に行けていないことはずっと気がかりだったのですが、諦めるとだいぶすっきりしました。数か月後の自分の居場所もよく分からないというストレスがかかり続けていたのは、なかなか大きいものだったわけです。ただ、留学に行っていないと語学の非常勤講師などはやりにくくなりますし、そもそも語学力も不安なままですし、将来の食い扶持や研究のための能力には悪影響を及ぼしています。

復学:2022年1月~

 京大がやっている博士課程向けの奨学金、「次世代研究者奨学金」とか「特別奨励費」とか言われるやつ(いわゆる「学振に落ちた人が貰えるやつ」)に採用されました。たまたまこの年度に始まっていた奨学金で、これ以前は存在しませんでした。

 ここから次の年度末まで、15ヶ月分貰えました。月15万+研究費で、京都で生活するなら一応足ります。ただ海外での発表やフィールドワークをこなす人は全然足りないと思います。

 この制度、最近は応募者が増えて、「学振に落ちた人のうちの一部が貰えるやつ」になってしまったらしいです。なかなか状況は厳しいです。私がこれを貰えたのは本当に時期的にラッキーだっただけで、特に優れた業績を出していたわけではないです。

D1(後半?):2022年4月~

 微妙な時期に休学し微妙な時期に復学した関係で、どこまでD1なのかよく分からないが、とにかくここから三年間で卒業することになるので、ここをD1とカウントします。ここからの博士課程の三年間は、学費の全額免除に通り続けました。独立会計になっていたのが大きかったです。

 吉田寮に住んでいたのは、この学年の年度末までです。一年半ぐらいの寮生活で、実質論文3本分ぐらいの執筆作業が進みました。今まで続いている友人関係も多くて、今の同居人(同志・戦友・パートナー)とも出会えたし、実りのある時間を過ごさせてもらいました。自治活動も大変だし、その中で今でも後悔していることなど多々あるのですが、それはまたおいおい言葉にしていきたいと思います。追いコンでKASHIKOI ULYSSESの弾き語りをしたのと、演劇でいい役を貰えたのもいい思い出です。

 言うまでもないですが、吉田寮には、一年半住んで(一か月じゃないよ)、合わせて4万5000円しか払っていません。普通、京都の家賃の相場は大体3~5万ぐらいですから、家賃4万で一年半住むと72万+光熱費+家具代などがかかります。つまり吉田寮に住むだけで70万円以上の支援を受けたとも言えることになるわけです。

 吉田寮の存続問題については、このブログで何回か記事にしたことがあります。吉田寮に限らず、安価な学生寮は安心して教育を受け、研究を進めるための最低条件であると思います。→京大吉田寮について - 達而録

D2:2023年4月~

 この年から学振DC2に採用されました。研究計画書の実質的な内容は以前応募した時とそれほど変わっておらず、書き方を簡単にしたら採択されたというのが正直な実感です(……というとぶっちゃけすぎですが、これを「専門外の人にも伝わる書き方の技術を身に着けたから採択された」と言い換えれば、それっぽくなるでしょう?)。

 当時、私は業績も大してありませんでした。というかこの年から学振の業績欄が廃止されたので、それがラッキーに働いた可能性もあります。

 「学振」と言うと「超エリート」という印象がありますが、給料は、東京で一人暮らしするとかつかつで、貯金はできない、という程度です。物価の値上がりに比べて、給与の値上がりが全然追い付いていないという問題もあります。ボーナスはなく、代わりに研究奨励費で多少の経費を賄ってもらうことができます。

 同居人が東京に行く都合もあり、また東大の授業に出たり図書館を使ってみたいという動機もあって、この年から東京への移住を決意しました。京大・東大の学生交流制度を利用して、東大の聴講生になることができました。書きかけの論文を完成までもっていく作業をしつつ、次の研究テーマを模索し始めました。(次のテーマについてあれこれ悩んでいる記録もこのブログにあります。→自分の研究の今後の方向性を考える(1) - 達而録

D3:2024年4月~

 DC2の二年目です。なぜか「DCの採用最終年次における研究奨励金特別手当」に採択され(本当に理由が分からない、制度の存在も知らなかったです)、月3万円の増額を得ました。あと所得税の減免で若干手取りが増えました(こちらは雀の涙程度)。

 ひたすら論文の仕上げをして、博論を完成に持っていく作業に勤しみました。全七章+序論・結論で、この分野の課程論文にしては大作に仕上がりました(分量だけですが)。

 これからのことはあんまり決まっていません。非常勤講師を四コマやっていますがこれだけでは生活費は足りないです。幸い、シェアハウスしていて家賃が浮いているので、あと一つぐらいバイトすれば足りるかなあという感じです。常勤を目指して、条件の合う公募があれば出したいなとは思いつつ、果たして研究職に就くことが自分の幸せなのか、とかそういうことも考えます。ここまで来たのだから博論を出版したいという目標だけは明確にあるのですが、他はできるだけやりたいことをできるように、上手く乗りこなしていけたらいいなあ、という希望だけがあります(誰だってそうでしょうが……)。

まとめ

 振り返ると、この間に、育英会奨学金の返済半額免除、吉田寮居住、学費免除、特別奨励費、そしてDC2の給料と研究費、といった支援を受けました。もちろん非常にありがたく、支援元には感謝するほかないのですが、どれも「たまたま運が良かったから貰えた」だけであることは強調しておきたいです。

 たまに「まあ何とかなるよ」「ちゃんとやってればお金はついてくるよ」みたいなことを言って博士進学を進める研究者がいますが、はっきり言って、これは生存者バイアスに過ぎません。こういうことを平気で言う人は、結局「支援がなくてもなんとかなった」人で、差し迫った危機感は共有できていないことが多いという個人的な印象があります。(もちろん、その人が本当に「結果何とかなった」人ということもありますが、やっぱり「結果何とかなった」からそう言えるだけだ、ということです。)

 現実、とても優秀だけど、お金が回らなくてどうしようもなくなった人は何人も見てきました。正直、今この分野の研究を志すなら、お金周りのことはかなり計画を練っておかないと厳しいことになるし、計画を練ってもどうにもならないものはどうにもならないです。住居については、学生寮以外にも、シェアハウスや寺院なども考慮に入れるのもいいかもしれません。

 でも、共同生活が難しい理由がある人もいますよね。ここではお金の問題ばかり書き連ねてきましたが、心身の健康上の問題や、家族関係の問題、アカハラ、バイト先での軋轢など、人によって他にもさまざまな障害が有り得ます。これらはあくまで、学問をしたいのにそれに打ち込む環境を作ってくれない社会や政府の責任であり、本来、進学者が頭を悩ませる問題ではありません。

 また、色々支援があったと書いてきましたが、どれも「申請」が必要で、かつ合否が分かるのはだいぶ後というのが厳しいところです。特に学費免除は、大学に入ってから数か月後にしか分からないので、戦々恐々として日々を送ることになります。最低限、学費無償化と安価な学生寄宿舎の完備ぐらいが実現すれば、だいぶ良い状態になると思うのですが、現実の事態はむしろ逆に向かっています。色々な大学が学費値上げの動きを見せているし、格安の学生寮はどんどん閉鎖されています。

 今後、博士課程に進む人はより厳しい道になっていくと思います。状況が少しでも改善するように、みんなで意見を表明していくしかありません。少なくとも、大学教員がこのための運動をするのは最低限だと思います。私も非常勤講師になったのでこれまでとは違った立場での意思表明が必要になると考えています。一緒にがんばっていきましょう。

(棋客)




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