先日、IRA TOKYOで『神戸からパレスチナでのジェノサイドに抗う:ケア・生活・フェミニズム・クィアとの連帯』(小さき声の連帯、2024)を購入してきました。
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とてもおすすめのzineです。売上は実費を除いてパレスチナ支援に寄付されるそうですので、皆さんぜひ。以下、簡単に私の感想を書いたので、共有しておきます。最後まで書くつもりでしたが、最初の三つで力尽きてしまいました。すいません…。
- ハヤト「セルフケアとしての自己表現を探して」
デモという場の意義として、(もちろん悲惨な現実を変えたい意思があるのは前提の上で、)クィアな自分自身の憤りや悲しみを昇華させて言葉として発信する効果や、参加者と問題を共有することによる癒しの作用があるといった話です。個人的には、正直な実感としてよく分かるものです。これは、負のエネルギーをポジティブに読み替えようという話ではなくて、クィアはそうしないと生きていられないのだ、という話としてとらえました。
また、「即効性のある分かりやすい行動」を評価する言説が「能力主義」的なものであるという方向のことが書かれていてとても良かったです。広く社会運動においては、「分かりやすい成果」を強調し、その中心にいた人を持ち上げる言説がつきものだが、そういう流れには自分はあまり乗りたくないと思っています(運動内ハラスメントの温床にもなるし)。 - ミク「ひとりからの抵抗」
障害者差別、そしてパレスチナ人の虐殺の背後にある、資本主義的な社会構造をとらえていくなかで、貧困世帯に生きてきた自分の人生にかけられていた抑圧が、社会の仕組みに由来するものであると発見した、といった話です。
自分・他者にかけられた抑圧の原因に気づかず(または気づかないフリをして)、自己責任論に帰着させる、ということが本当にずっと繰り返されていると思います。自己責任論では権力勾配は変わらない(というか、強化される)。その矢印を抑圧を受ける個人に向けるのではなく、社会構造、そしてそれを作り出す権力に対して向けていけるか、ということが問われていると改めて思いました。 - 疋田香澄「ベビーカーにプラカード」
妊娠した人の受ける抑圧が切実に綴られています。子供がいると闘えないというのは、人質があると闘えない、と言い換えることができるかもしれません。他者や生活を人質に取られて、雁字搦めにされていく息苦しい感覚がそこにはあります。
「けれど本当は、生活の中で常に抵抗はできるのだ」、という最後の言葉がとても力強いです。この冊子の中には、パレスチナ連帯を表明しているお店の紹介や、パレスチナ料理の紹介もあります。これらも生活の中でできる抵抗の一例と言えるでしょう。
他の原稿も、みんな異なる背景や経験を持ちながら、神戸で草の根でパレスチナ連帯運動を行ってきた方々の意思が込められたものに仕上がっていると思います。また、後半には、パレスチナをめぐる歴史的経緯の概説やアクション情報なども分かりやすくまとまっていますので、パレスチナの現状やパレスチナ支援運動に詳しくない人にも(というかそういう人こそ)ぜひ読んでほしいzineだと思います。
さて、下の写真は、パレスチナを含めた中東料理の「ファラフェル」を作った時の写真です。コロッケに似ていますが、肉は使わずにヒヨコ豆とスパイスで作ります。

ファラフェル一つ取っても、イスラエル政府はこれを「イスラエル料理」として宣伝し、パレスチナにルーツがあることを消し去ろうとしています。つまり、これをパレスチナ料理として作り、食べて、紹介することも抵抗の一つであると思うのです。
(棋客)