小松原織香『性暴力と修復的司法:対話の先にあるもの』(成文堂、2017)を読んだので、概要の紹介と自分の感想を書く。小松原さんの本は、他に『当事者は嘘をつく』(筑摩書房、2022)を読んだことがある。『性暴力と修復的司法』はアカデミックな書体で書かれており、エッセイ風に書かれた『当事者は嘘をつく』を合わせて読むと著者の意図がより切実に理解できると思う。
本書は、まずRJ(Restorative Justice、修復的司法・修復的正義)の概要を説明し、後半でRJの考え方を性暴力事件に活かすことについて検討する。
そもそも、RJとは、近代の刑事司法制度への批判から出てきた方法である。司法制度は、「犯罪者は社会の秩序を乱した」という認識が前提となり、国家が加害者に刑罰を下す形を取る。これは構造上、被害者は司法制度の外側に追いやられ、加害者は罪の自覚がないままに収監されることとなり、紛争解決の手段としてすぐれていると言えるだろうか、という疑問が生じる。
こうした状況から、新しい紛争解決の枠組みとして提示されたのがRJである。RJは実践の試みであり、その内実は多様ではあるが、ひとまず原則として示されるのが以下である(p.24-26)。
- 被害者への支援と癒やしを優先すること。
まずこれが大前提である。 - 加害者が自分がしたことに対する責任を取ること。
従来は、刑罰を受けること=責任を果たすことであったが、RJでは加害者は被害者に対して自分の言葉で「私は責任を取ります」と宣言しなくてはならない。 - 理解に達するまでの対話があること
被害者が加害者に対して持っている問いに答える。直接的な対話は難しいこともあり、仲介や手紙などの方法が用いられることもある。 - おかした過ちを正そうとする試みがあること
対話後の具体的な補償など。金銭的に加害者が困窮している場合にコミュニティが支援する。 - 加害者の再犯防止策を考慮に入れていること。
再犯防止への支援(カウンセリング等)につなぐこともある。 - 被害者と加害者が、元いたコミュニティに再統合されるように支援すること。
被害者の困難を受け止め、コミュニティで再び暮らせるように支援することが必要であると同時に、刑罰を受けた後の加害者が孤立しないようにする。
こうしたRJの取り組みを読んで、私はこれまで自分がいた場所、特に学校での経験を色々思い出した。たとえば、「〇〇をするのはダメだよ、先生に怒られるよ」みたいな言葉をよく耳にする。これは、「先生に怒られる」という処罰を基準に行動を判断した例と言える(先生は学校の中では権力を持っていて、国家でいう司法組織と相似形にある)。しかし、これは加害行為の本質や責任を見落としてしまう言説になっている。本来的には、「被害を受けるかもしれない当人がどう思うか」というところが基準にならなければおかしい。考えてみるとごくごく当然のことなのだが、処罰によって加害者に責任を取らせるシステムが日常の中に深く浸透しているがゆえに、「先生に怒られるよ」といった言葉が違和感なく溶け込んでしまっているのだと思う。
RJにおいては、加害者に課せられる責任は、処罰を受けることにあるのではなくて、自らの行動によって示すべきということになる。当然、被害者にとって納得のいく「責任」の取り方が実現されるためには、加害者が自分の問題点(自分の行為の加害の何が問題だったのか)をきちんと認識しなければならない。③の対話、④の過ちを正す試み、に当たる)。
ただ、著者が注意しているように、これらは比較的軽い犯罪に対して適用されるRJの場合である。大きなトラウマをともなう紛争、特に性暴力については、これまでRJの適用は慎重な態度が取られてきた。その理由はさまざまだが、一つには、性暴力被害者が加害者と対話すること自体(そもそも体験を思い出すこと自体)にきわめて強い負荷がかかり、被害者を大切にするという原則と両立しないことがあるからである。
ただ、本書では、性暴力被害者においても、RJが果たしうる役割があるのではないか、という観点から話が進んでいく。続きは次回にする。
なお、性暴力被害者に対する心理支援の原則と方法については、最近読んだ齋藤梓・岡本かおり『性暴力被害の心理支援』(金剛出版、2022)が非常に良かったのでここに挙げておく。性暴力被害者がどのような精神的被害を被るのか、トラウマを抱えるのか、といったことが具体的に書かれている。また、二次被害(二次加害)・二次受傷についても詳しくまとまっている。(特に二次受傷のことは初めて知った。)
さらに、後半には性暴力事件の具体例とその後の対応(学校・心理士・カウンセラー・友人・弁護士・警察などなど)が細かに書かれており、それに対する著者からのコメントが付されている。これを読むと、実際に性暴力事件を前にした時に何が必要になるか、何を考えるべきかが詳細に分かるだろう。また、セクシュアルマイノリティへの性暴力の実例や、セクマイが相談するまでの困難などについても言及があるのもいいと思った。
(棋客)