
詰め込み教育がどうのこうのと。
言っときますけどね、その詰め込みで
なんかそんなに入ってる人います?
詰め込んで破裂する脳みそなら
そもそも粗悪品なんですよ。
筋肉使いましょうよ、そういう人は。
脳みそなんて、詰め込まないとただの空のディスクです。
生まれながらに機能している部分なんて、
あなたここ数万年変わっちゃいないんだから。
考える力を育む教育とかいいますでしょ?
考えるというのは、その前に素材としての知識が必要なんです。
それを入れずに考えさせたら、ろくなことにならないんです。
ということを、青さんは隠れキリシタンから思ったようで。
あまりににも海が青い長崎から
ではさっそく!
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おらしょ、というものがあります。
いわゆる「潜伏キリシタン」が
口伝で伝えた、カソリックの祭文であります。
どういうものなのか、
私も実際に触れたことがありません。
でも文章化できなかった江戸時代。
その中を三百年弱伝わったというのは
すごいことだなぁ、と思っていたんですけどね。
実は私はミッション系の高校を出ております。
たしかマリア会が運営母体だったはずです。
国内の姉妹校は皆優秀なのですが、
長崎の我が母校は。。。
昔から、長崎では優男で勇名を馳せる高校でありました。
近くに女子校も多いので、何かとアレです。
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ミッション系の高校には、
多分どこにでも在ると思うのですが
「宗教」というカリキュラムがあります。
流石に高校時代の時間割表は手元にないのですが、
週に2コマぐらいはあったような感じがしますね。
その授業は神父が受け持つのですが、
これが当たり外れが激しかったんですよ。
当たりだと、いわば道徳の時間みたいなもんです。
半分寝ている間に時間が過ぎ去っていきます。
ところが外れると大変。
具体的に言えば高田神父だと大事でした。
いまだと福田さんがそれらしいですな。
私は新任のころを知っていますが、
昔は優しい人でしたけどねぇ。
高田神父。
背が高かったはずですが、
知っている人は違う記憶があるでしょう。
ジャバ・ザ・ハットみたいな人でしたねぇ。
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顔立ちはきれいだったので、
痩せてればさぞやモテただろうに、
と感じたのを覚えています。
サディストだったんでしょうかねぇ。
今にして思えば、あれも洒落の一種だったのかもしれませんが、
授業の感想をノートの端から端まで
びっちりレポートを書いて提出という宿題が定番でした。
昔からダラダラ書くのは得意だったので、
私は別に苦になりませんでしたけどね。
自分で言うのもなんですが、私が一人文化系で
他は全員体育会系だったんですよ。
できないやつは凄くできませんでしたねぇ。
文字の大きさにもよるでしょうが、
原稿用紙で3〜4枚ぐらいだったんでしょう。
全部読んでチェックしていたとは到底思えませんが、
ああいうのは駅員さんの技術と同じなんでしょう。
私なんか、毎回毎回きっちり細かい字で
びっちり書いていました。
あれは読まれていなかったのだろうと思うと
残念なことです。
こいつはどうせ書いている、
と私は見込まれている人間でしたので、
そんなやつの提出物はチェックしないのです。
やりそうな奴は、はなから目をつけられている。
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誰かの書いたものを丸写しして発覚し、
それはそれは猛烈な「ご指導」を受けたやつもいましたねぇ。
彼は確かバレー部で、
カソリックの信徒だったはずですが…
で、そんな愉快な宗教の授業ですが、
マリア会というだけあって
「マリア様のお祈り」というものを覚えさせられた事がありました。
高田神父のことなので、
無論覚えやすい日本語ではありません。
gratia plena…
のラテン語です。
私は真宗大谷派ですが、
正信偈という最も基本的なお経でも、
本なしだと半分ぐらいしか覚えていません。
短い般若心経も、ふだんは無関係ですから
覚えているのは半分ぐらいでしょう。
そんな私ですが、
マリア様のお祈りは覚えていたんです。
先程確認してみたら、
綴はわかりませんが、音はあってました。
つまりこれが「おらしょ」なんだろうな、と。
若いうちに何度となくリズムで覚えてしまえば、
年が行っても忘れない。
これを延々と繰り返して、
明治まで生き延びたのでありましょう。
あべ・まりあ・ぐらてぃあ・ぷれーな・どみぬす・ていくむ…
と意味なんざわかりませんが口をついて出てくる。
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いやぁ、人間はやっぱり若いうちに
しっかり詰め込みをやっとかないといけない!
ということなんだと思いますね。
今からだと覚えるのはかなり苦労するでしょうが、
二十年以上前であれば、
普段使う機会がない祭文でも
覚えたら忘れずに頭に残っています。
若いうちの苦労は買ってでもしろ。
この場合の「苦労」というのは、
理不尽な消耗ではなくて
「脳に負荷をかけていけ」
ということなのだと思います。
別になんでもいいと思うんですが、
覚えることだけは
若いうちに全力を尽くしておいたほうがいいですね。
それが人間の土台になるわけですから。
せめて、文庫本一冊を読み切れる程度の読書の習慣は、
最低限若いうちに身に着けておいてほしいです。
それができるとできないとでは、
人生の潤いが随分違ってきますからね。
今年は残暑をあまり感じず、
9月というのに秋の夜長を感じるこの頃。
江戸川乱歩の作品を読んでいると
夜ふかししてしまうのに、
南方熊楠作品だと
いつの間にか寝落ちしているせいで、
十二支考がいつまで経っても終わらない、
浮気読書が板につきつつある私でありました。了
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詰め込み教育がどうのこうの言われ始めたのが
いわゆる団塊の世代。
でもね、詰め込みは旧制高校のほうがすごいわけです。
庶民が高校行くようになって、難しいって泣き言なんですね。
それを体制と結びつけちゃうのは、当時のはやり。
もっと言えば、選挙がらみ。
そんな賢い人おります?
あの世代に?
もっと前の世代。
つまり詰め込み教育の典型的な旧教育制度では
はっきりと偉人排出しまくりですがな。。
何を持って偉人とするかは難しいとこですけどね。
湯川秀樹とか、はっきり偉人でしょ?
南方熊楠なんて、自力詰め込み型です。
詰め込んでないってのは、スッカスカってことですよ。
(いいんですか、スッカスカで?えー、自分らしく〜。勝手に言ってろでクリック!)
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- 発売日: 2015/04/28
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