タイトルの「右の手のすることを左の手に知らせてはならない」は、キリスト教の聖書(マタイ伝)にある言葉です。私がごく簡単に理解するところでは、「施しをするときには、称賛を得ようとこれ見よがしにするのではなく、右手でしていることが左手にさえ分からない程、ひっそりと行いなさい」という意味だと思います。
今日お友達とランチを食べに、街中華と呼ばれるタイプのお店に行きましたところ、お店の壁の貼り紙に目が釘付け。
ここで私の特技、「誰にでも話しかける」が発動しないわけがない。お店のお姉さんに尋ねました。
「あの、熊の手の時価って、だいたいおいくらぐらいなんですか?」
すると、ちょうどお客様が途絶えてカウンターの向こうに立っていらしたマスターが愛想良く答えてくれたのでした。
「5,000円です。だいたい皆さん、四、五人で頼んで、分けて少しづつ食べますよ」
マスターの愛想の良さにつられて、長年の疑問を聞いてみました。
「よく熊の手は右手が美味しいって聞くんですけど、本当なんですか?」
「全くウソウソ。熊が右手でハチミツを舐めるから、それで右手が味がいいってんでしょ。熊の手の平なんて皮がぶ厚くて、そんなハチミツなんかが染み込むようなもんじゃ無いですよ。料理するにも、下拵えに凄く時間がかかるの」
ということでした。
熊がハチミツを舐めるのに右手だけを使って、左手には知らせることさえないのかどうかは分かりませんが、巣を壊されハチミツを奪われる蜂にとっては迷惑な話です。出来れば、巣の存在に気づくことなく通り過ぎてくれと願うでしょうね。
「この巣の下は大きく跨いで〜ん。気づかず通り過ぎて〜」ってね。では。